はちみつと焼酎

BTS 방탄소년단/SUGA. 日本語訳など

「Tシャツ問題」再考

いったい何度目だよ…とうんざりしますが、また「原爆Tシャツ問題」です。

今回改めて思うところをツイートすると、みなさんから分かりやすいという反応をいただいたので、この連投を元に日本のARMY向けにもう少し丁寧に書いてみようと思います。(長文注意)

 

今回の出来事(飛ばして大丈夫)

youtu.be

きっかけは米の「アジア系アメリカ人・ハワイ原住民・太平洋諸島民(AANHPI)の文化遺産継承月間」の最終日に、バイデン政権がBTSホワイトハウスへ招き、「アジア系住民へのヘイトクライム(増悪犯罪)や多様性について話し合う」場を設けたことでした。

 

なぜ彼らか。人気の高さなどいろいろありますが、一番大きいのはコロナ禍をきっかけにアメリカでのアジア系市民へのヘイトクライムが多発したときに、「反対」の声をあげたからでしょう。

 

今回の訪問については、バイデン政権の人気取りとか、韓国でマジョリティーとして暮らす彼らがアメリカのアジア系市民を代弁するのか*1…、などいろんな批判や議論があるとは思いますが、そもそも日本ではそんな高度な話にはまっっっったくなっていません

上のツイートがあったときと同様、今回も日本で起きたのは

「原爆Tシャツ」で日本人ヘイトをしたくせに

原爆Tシャツについて日本人に謝っていない、何度謝っても許せない。許してはならない

という攻撃でした*2

私はTシャツ問題が起きた当時はARMYではなく、上の反アジアヘイトツイートが起きたときにはARMYになっていた在日コリアンで、その立場から書いたブログはこちらです。

 

何を謝ったのか/何を謝らなかったのか(本論)

問題の切り分け

今回私が連投したツイートはこちら。

誤字を直して改めて整えると

Tシャツの件は、彼らは批判を無視したわけでも、開き直っている訳でもなく、問題をきちんと切り分けて、謝るべきところに謝ってる

何を切り分けたかというと、歴史の事実としての「日本による植民地支配からの朝鮮半島*3の解放」と、その過程で起きた「アメリカによる」大量虐殺。

前者を祝うために、後者を喜ぶようなこと/喜んでいるように見えることは彼らの本意じゃないから、自分たちの不明を反省し、日韓双方の犠牲者を代表する団体に謝罪した。

ということです。詳しく説明してみます。

何と何を切り分けたか。

朝鮮半島が、日本による35年に渡る植民地支配から解放されたこと(韓国では「光復」という)

アメリカの原爆投下による市民*4の大量虐殺

を、です。

まず、歴史的事実としてこの二つがあり、その順番は②→①です。

そして、韓国含めて戦前の日本(大日本帝国)に支配された地域では②原爆投下(で日本が降伏した結果)のおかげで①解放・独立がなされた、と考える人が多くいます*5(日本でも②があって、それが決定打となり敗戦・終戦した、と考えている人も多いのではないでしょうか)。

また、原爆を投下したアメリカ自身も、そのような歴史観をいまでも公式には持ち続けていますね。

だから①韓国の光復を祝うTシャツに、それを象徴するものとして②の写真が一緒に使われていたのです。

残念ながら、そこで②の原爆投下の実情、多くの市民が虐殺されたものだという意識は薄かったのです*6

 

BTSは批判を受けて、①と②を切り分け(もしくは二つの関係は横に置いて)、②原爆投下は市民の大量虐殺だった、という認識に対する自身の不明を反省し、日韓両国の被爆者団体に謝罪をしました。

なぜなら

①「朝鮮半島の植民地からの解放」を祝うために、②「大量虐殺」を喜ぶこと/喜んでいるように見えることは彼らの本意ではなかったから

です。

ナショナリズムの対立を避けた

連投の続きにはこんなことを書きました。

一部の日本側が求めているような全面的な謝罪は、前者の「日本による植民地支配」の責任をあいまいにするような日本政府の動きに乗ることになるし、そうなったら韓国側のナショナリズムを刺激して韓国内で彼らに向かう批判は大変なことになったはず。

韓国のナショナリズムを刺激して「日本対韓国」の構図になることを避けながら、同時に韓国でよく知られていない原爆の被害について(韓国人の犠牲者もいたということも含め)知らせる役目も果たした。

ここで大切なのは日本の被爆者団体だけでなく、韓国の被爆者団体にも出向いて謝罪したという部分です。

「日本人に謝罪」ではなく、あくまで原爆の犠牲者とその遺族への謝罪です。

 

こう書くと、「なんでそこを区別するのか?日本人全員傷ついたんだから、日本人に謝るべきだ」と考える人がいるかも知れません。

でも、逆に絶対に「日本人全員への謝罪」と受け止められてはいけない理由がありました。

なぜならそれは

・ほかならぬ加害国である日本に求められて、

・①の植民地からの解放を祝うことを含めて謝罪をした

と韓国で受け止められる可能性があるからです。

それは戦後責任の問題で日本と対立が続いている*7韓国社会としては受け入れがたいことですし、韓国世論にそう受け止められることはメンバー自身も望まないことでしょう。

「日本対韓国」という構図でナショナリズムの対立になることは避ける必要がある。だから「日本人全員には謝罪していない」*8のです。

 

考えるうえでの立ち位置(ヒントのような個人的な希望)

韓国での反応…原爆の非人道性理解に一助

このようにきちんと①と②を区別して②に対する謝罪をしたことで、この問題への韓国でのBTSへの批判はほぼなかったように見受けられます。

むしろ、②原爆のおかげで①光復があるという、韓国社会の「常識」となってきた歴史認識への疑問、韓国内でもほとんど知られていなかった韓国人被爆者の存在にもスポットがあたり、

②原爆投下は国籍など関係なく、それ自体が人道に反するもので、大量虐殺だった。それを①「解放・光複」の象徴と捉えるのは適切ではないという視点を韓国社会に提供することに少しはなったと思います。

ツイートでは代表的なリベラル系の新聞「ハンギョレ」の記事を紹介しました。

 

「国」じゃなくて「人」

ツイートではこの問題を考えるうえでの立ち位置についても少し書きました。(意味が分かりやすいように順番入れ替えました)

「国」対「国」で考えるんじゃなくて、犠牲になったのは誰か、という「人」を基準に考えれば、何も難しくないよ*9

「原爆を揶揄したあいつらは許せない」と
「『慰安婦』問題は解決済み。蒸し返すな」
が両立できてしまう人は、自分と「国」とが一体化していて、犠牲になった「人」が見えてない。

要は人権の話。

ナショナリズムの対立になることを避ける、ということはつまり「国」単位で考えないということだと思います。

翻ってこの問題を通して見えてくる日本の言論は、BTSの記事に瞬時にかみついてくるネトウヨはどうでしょうか。日本人全体や「日本という国家を代表」してるかのように、韓国を代表しているように見えるBTSに感情的な誹謗中傷を浴びせています*10

あるいはアミであるあなたも、無意識に「国対国」で考えていませんか。

反日」とか「親日」なんて言葉を、何の疑問を持たずに使っていませんか*11

 

加害と被害 植民地35年の重み

日本ではあのTシャツが「日本人全員」への侮辱や揶揄だと瞬間的に受け止められるほど、原爆の非人道性についてはみんなが知っています。きのこ雲の下で一瞬にして奪われた人々の営みについても思い浮かべることができます。では、朝鮮半島における植民地支配については何をどれだけ知っているでしょうか?

いやまじで「35年の植民地支配」の重みを無視する日本人が多すぎ。昨日ナムジュンがあげた絵の作家*12なんかもそうだけど、一人の人間が生まれて35歳になるまでの長い時間だよ?

赤ちゃんがおぎゃーと産まれてから35歳になるまでの長い時間、他国に支配された国で生きた人たちの生活について想像してみたり、知ろうとしてみたりしたことがありますか?

これは、「植民地支配下での被害」と「原爆の被害」を比べて、どっちが酷かった、どちらがましだった、というような話をしたいのではありません。(そういう人は日本にも韓国にもいますが)

そうではなく、どちらも許されないことだ、どちらも人権の問題として考えて欲しいと思います。

例えば「慰安婦」の問題は外交の問題よりもずっと手前に、「慰安婦」にされて人権を蹂躙され、尊厳を奪われた女性たちの問題です。日本と韓国と言う国対国の問題ではなく*13、今に続く戦場での性暴力の問題です。私たちはそこから考える必要があると思います。

そして植民地支配については、日本は加害当事国だったということをぜひ心にとどめていて欲しい*14と思います。

「あんなTシャツを着たんだから日本人は怒って当然」と思ったとき、あるいはそんな言葉を聞いたとき、

  • 誰がどんな立場から(日本人の代表として?/犠牲者や遺族として?/犠牲者の気持ちを代弁できる?/または国家の代弁者として?/それとも一個人として?)
  • 誰に対して(相手は別の歴史を背負った別の国の、しかも日本と韓国の関係から言えば被害国のアーティスト。原爆を落としたアメリカの人間でもない)
  • 何を怒っているのか(日本人に謝らないこと?/ファンとしての気持ちを傷つけられたこと?/楽しみたい気持ちに水を差されたこと?)

について、もう一度考えてみてください。

そしてその怒りを向けるべきはどこかについても。

 

お勧めの本/ドラマ/映画 (おまけ)

韓国人である彼らが「35年に渡る日本の植民地支配からの解放」を祝うこと自体に文句つけてくる人に対しては、面倒見きれないので省きます。

しんどくなってこうツイートしましたが、少し面倒を見る…という意味で考える一助になるようなコンテンツを紹介。

●本を一冊なら、とりあえずこれを読むと良いと思います!略称「モヤ本」。

www.otsukishoten.co.jp

 

●ドラマは2本紹介。

日清戦争の要因になった農民蜂起(甲午農民戦争)がメインで、植民地となる前夜までを描いたドラマ「緑豆の花」

www.amazon.co.jp

ネトフリだとミスターサンシャインが、イ・ビョンホン×キム・テリという豪華キャストで抗日義兵闘争を扱っています。が、私としてはこちら「緑豆の花」をお勧め。何がよいかって李氏朝鮮末期の救いようのなさ、日本による支配を喜ぶ層もいたことや彼らの理屈からも目を反らさずに、だから「仕方なかった」になるんじゃなくて、一貫して抑圧された庶民の目線から描いているところ。

舞台はJ-HOPEの故郷である全羅道なので、耳馴染みのある全羅方言が満載です。

 

もう一本は世界中で話題になっている(除く日本)こちら。

tv.apple.com

「在日」コリアンの3世代に渡る話を、在米コリアンが取材して書いた小説が原作。アメリカ資本(Apple)がドラマ化。ドラマとしてものすごい高クオリティーです。韓ドラのエンタメ性とは違った、文学作品のような佇まいがあります。

 

日帝時代を背景にした映画だと、金子文子と朴烈」とか、エンタメならサスペンス仕立ての密偵とか、R18である意味フェミニズム映画の「お嬢さん」とかも面白いんですが、普通の人々がどんな思いで暮らしていたかを一番まっすぐ伝えているのがこちらの「マルモイ ことばあつめ」です。

www.amazon.co.jp

監督・脚本は「タクシー運転手」の脚本家。こちらも同じように史実に基づいたシリアスなテーマだけど、フィクションと笑いの入れ方がとても良いです。

 

*1:そういう批判や議論は一理ありますけど、日本で議論するようなことじゃないよな…と思いました。日本とアメリカの状況、ヘイトのあり方などが違うので。

*2:主にネトウヨからです。ここで考えて欲しいのはネトウヨにとって、BTSは単なる「ネタ」であって、普段からこのような悪意・ヘイトを向けられている人がいること。

*3:現在の韓国と朝鮮民主主義人民共和国北朝鮮

*4:非戦闘員。犠牲になったのは日本人だけではなかった

*5:この歴史観の妥当性についてはここでは論じません。そう受け止められているということ。

*6:原爆の被害の実情を一番良く教えられ、知っているのは日本です。

*7:この年の10月、元徴用工訴訟で韓国の大法院(最高裁)が日本企業に賠償を命じた判決が確定。

*8:また、Tシャツを着たメンバー自身が直接謝罪していない、という声がありますが、これもメンバー個人のミスや認識不足の問題ではなく、お互いの社会の歴史認識の違いだからではないでしょうか。

*9:「難しいとか言わずに学べよ!」というFFさんのツイートがあったので…多分どなたか難しいって書いたのかと思ってこんなツイートしました。

*10:もう一度注を入れますが、BTSは彼らにとって単なる「ネタ」です。BTSに今回向っているような悪意・ヘイトは常に韓国へ、在日コリアンに代表される外国人などに向かっていることを忘れないで下さい

*11:この「反日」という言葉の話になるとまた別にエントリーが必要な感じなので、ここまでにしておきます…

*12:22.6.4.のインスタグラム投稿。郭仁植。植民地統治下の大邱出身で、日本美術学校卒。

*13:実際、「慰安婦」にされた女性は朝鮮(韓国)人だけでなく、台湾、フィリピン、オランダなどにいました

*14:罪悪感を持てということでは全然ないんですけど、責任はあるよね、という話