はちみつと焼酎

BTS 방탄소년단/SUGA. 日本語訳など

BigHit副代表 キム・ヒョンジョンさんインタビュー

キム・ヒョンジョン(ニコル・キム)BigHit副代表のインタビュー

以下、日本語訳です。

BTSは韓国語の歌詞が少なすぎる?…「本当の理由は別にある」

チェ・ミンジ記者
2026年4月26日

米ビルボード「Hot 100」1位、ビルボード200・3週連続1位、日本ゴールドディスク「トリプルプラチナ」(アルバム累計出荷枚数75万枚以上)認定、韓国人アーティスト史上最大規模のワールドツアー完売続出……。先月20日、3年9ヶ月に及ぶ活動休止期間を経てカムバックした防弾少年団(BTS)が打ち立てた記録だ。BTSのカムバックアルバム『ARIRANG』の制作全般を統括したBig Hit Music副代表(VP)のキム・ヒョンジョンさんに先日、ソウルのHYBE龍山オフィスで話を聞いた。

2012年にスターシップエンターテインメントで音盤制作・企画の仕事を始めたキム副代表は、ソニーミュージックパブリッシング・HYBEを経て、2023年には韓国出身者として初めて米メジャーレーベルの重役として米コロンビアレコーズに入社。その後、昨年7月にBig Hit Musicへ復帰し、「2025 Billboard Women in Music」(レーベル&ディストリビューター部門)にも選出された。先月公開されたNetflixドキュメンタリー『BTS: THE RETURN』にも登場し、ファンに広く顔を知られることになった。

 

 

Q:アメリカから戻ってきた理由は?

A:パン・シヒョクHYBE議長とメンバーたちからの提案で再び合流することになった。

Q:ご自身の役割は?

A:BTSの音楽からブランド管理まで、さまざまなプロジェクトを統括している。BTSの場合、メンバーたちが音楽やアルバムについて明確なビジョンを持っているので、私は別の視点を提案するよう心がけている。

Q:今回のアルバムを準備するうえで大変だったことは?

A:久しぶりにファンの前に立つメンバーたちのプレッシャーが大きかった。

Q:解散説も流れていた。

A:メンバーたちが聞いたら、かなり呆れると思う。それくらい(仲が)固い絆でつながっている。

今回のBTSアルバムの大きな骨格は、昨年夏に米ロサンゼルスで行われた「ソング・ライティング・セッション」で固まった。約2ヶ月にわたってコンポーザーたちとメンバーが一堂に会し、楽曲を書いては検討するというプロセスを経た。そのセッションの一部の様子は、Netflixドキュメンタリー『BTS: THE RETURN』にも収録されている。

Q:どの程度の規模だったのか?

A:メンバーたちが参加したのは昨年7〜8月の2ヶ月ほど。参加人数はプロデューサーも含めると100名を超える。プロデューサーは短くて2日、長くて1〜2週間滞在して作業を行った。Diplo(ディプロ)は昨年初め、メンバーたちが除隊する前から現地プロセスを統括するリードプロデューサーとして選定されており、A&Rチームとパン議長のもと、4〜5月にロサンゼルスで2回の「プレ・ソング・セッション」を開いてもいた。

Q:もともとソング・ライティング・セッションはこれほど大規模にやるものなのか?

A:以前にもアメリカでアルバム作業をしたことはあったが、長期間ともに滞在しながら楽曲を書いたことはなかった。今回は久々のカムバックということもあり、規模を大きく、期間も長くセッションを組んだ。アルバム総括プロデューサーであるパン議長のアイデアから出発した。プロデューサーを一人に絞らず、さまざまな人と仕事をすると、多方向からアプローチできるのが強みだ。ありがたいことに、アメリカやイギリスなど各地からプロデューサーたちが来てくれた。

Q:作業はどのように進むのか?

A:毎日、メンバーとプロデューサーたちがスタジオに集まった。3〜4つのルームに分かれて入り、あれこれ話し合った。メンバーたちは主にメロディのパートに関わるが、楽曲のコンセプト作業も一緒に行った。たとえば今回の新譜収録曲「Hooligan(フーリガン)」の場合、Elgin Choeというサウンドの実験的なプロデューサーが曲のシグネチャーサウンドである刃物の音を作り、タイトルの単語はジョングクが思いついた。

Q:あれだけ多くのプロデューサーはどうやってブッキングするのか?

A:基本的にはA&Rチームが進めるが、Diploなど著名なプロデューサーはパン議長が事前に一緒にやろうと話を通していた。メンバーたちがぜひ一緒に仕事してみたいと言って実現したプロデューサーもいて、その一人がJPEGMAFIA(ジェイペグマフィア)だ。

Q:今回のアルバムのクレジットにジンが入っていない。

A:ジンは当時、ソロツアーのスケジュールと並行していたため、作業に合流した時点ではすでに楽曲制作がかなり進んでいた。その後、テスト録音などアルバムの準備過程には一緒に参加したが、最終的にクレジットに記載される形の作業には至らなかった。

Q:「Body to Body」に入ったアリランはどう選んだのか?

A:メンバー自身が歌うか、別途名唱(ミョンチャン)*1に録音してもらうかなど、さまざまな方法をかなり長い時間をかけて検討した。その過程でプロデューサーが合いそうな音源を探していたところ、KBS民謡大祭典の音源を見つけて、それを使うことになった。

Q:韓国語の歌詞が少なすぎるという批判もある。

A:一生懸命作った曲をより多くの人に届けるためだ。英語以外の歌詞の曲は、海外の放送局やラジオ局が好まないケースが結構あった。海外のARMYが最初期にラジオ局に花束を送って「どうかこの曲を流してください」とお願いしたのは広く知られた話だ。放送局も韓国語を差別しているわけではなく、リスナーにとってより馴染みのある言語を好まざるを得ないからだと思う。

一方で、音楽的に英語のほうがしっくりくる場合もあった。たとえばタイトル曲「SWIM」も、会社とメンバー、プロデューサーたちで悩んだのだが、「수영해」「헤엄쳐」といった韓国語で表現してみると、曲が持つ雰囲気と合わなかった。

BTSはカムバック以降、国内だけですでに4回(光化門公演含む)、日本で2回のコンサートを開催した。25日からは北米ツアーが始まった。パフォーマンスもまた、国内外のARMYの関心の的だ。キム副代表は「今回のツアーコンサートは『防弾少年団の新たな章』を開く場」として、「新しい姿を見せなければ必ず停滞してしまうという切実な思いで準備した」と語った。

Q:以前と比べて群舞が減った。

A:新譜の収録曲はこれまでより各曲の質感がはっきりしていて、感情の流れも多彩だ。それに合わせて、メンバーそれぞれの表現力を引き出す方向でアプローチした。

Q:メンバーたちの変わったスタイリングも話題だ。

A:ジミンのロングヘアは本人のアイデアだ。

Q:光化門公演当時のエピソードは?

カムバック公演は昨年7〜8月から準備していた。文化財庁・宮陵文化遺産分科委員会への承認申請は使用時点の3ヶ月ほど前から開始されるため、早めに申請することはできなかった。最後の段階で最大の変数になったのが、メンバーRMの負傷だった。本来は7人が光化門を背景に歩きながら登場するシーンを予定していたが、負傷などにより変更した。RMが座るための椅子も急いで購入した。

Q:ツアーコンサートの見どころの一つは「アリランの大合唱」(「Body to Body」挿入)だった。

A:今回のツアーを象徴する場面の一つだった。高陽(コヤン)に続き、海外ツアーの最初の都市である日本・東京ドームでも11万人以上の観客が一緒に「アリランを」歌った。メンバーたちも印象的だったと話している。

 

*1:伝統声楽の名手のこと。

パン議長ロングインタビュー 『ARIRANG』でBTSはポップアイコンになる

パン・シヒョクHYBE議長のBillboard ロングインタビューです。ここでは経営者としてではなく、『ARIRANG』のチーフプロデューサーとして語っています。AI(Claude)訳を調整しました。読み応えがすごい。長いので読みやすいように見出しを入れました。

【目次】

 

パン議長が語る、BTS歴史的アルバム『ARIRANG』制作の真実

「BTS 2.0は過去の延長であってはならない——新たな章の幕開けを告げる宣言でなければならなかった」

by Leila Cobo|2026年4月8日

BTSのカムバックアルバム『ARIRANG』——約4年間の活動休止を経てリリースされた本作——は、Billboard 200アルバムチャート(4月11日付)で2週連続1位を獲得し、グループ史上7度目の首位、かつ最長記録を更新した。

記録はそれだけにとどまらない。リード曲「Swim」もBillboard Hot 100で初登場1位を飾り、BTSはアルバムとシングルがBillboard 200とHot 100で同時に首位デビューを複数回達成した初のグループとなった(2020年に『BE』と「Life Goes On」で初めて達成している)。

さらに、『ARIRANG』収録の全13曲がHot 100に入った(鐘のインタールード「No. 29」を除く)。Billboard Global Excl. U.S.チャートではBTSが初めてトップ10(さらにはトップ13)を独占するという快挙も成し遂げた。

BTSのカムバックを影で支えたのは、HYBE会長兼創業者のパン・シヒョク(通称Hitman Bang)だ。13年前にBTSのデビューを設計した人物であり、グループを結成し、楽曲を書き、プロデュースし、マーケティングからSNSコンテンツに至るまであらゆる面を統括してきた。

メンバーとの深い絆は、7枚のアルバムを経た今も変わらない。メンバーたちが韓国で兵役を務めている間も、パン会長は頻繁に各メンバーと個別に面会し、韓国が誇る伝説的グループのカムバックアルバムについての対話を途絶えさせることがなかった。

「私個人にとって、これは人生のエネルギーの1年半を注ぎ込んだプロジェクトです」とパン会長は言う。メンバーたちから背中を押されたのは兵役のおよそ半ばのことで、そこから『ARIRANG』の制作に着手したという。これほどの象徴的なグループと仕事をすることのプレッシャーは「計り知れないものだった」と彼は付け加えた。

「メンバーたちからの信頼を胸に、私はプロデューサーという役割を引き受けました。でも正直に言えば、この種の仕事には、アーティスト本人と同じくらい重いプレッシャーがプロデューサーにもかかかります。音楽はその本質において、真正性と芸術性に根ざしていなければならない。そして結果とは目標ではなく、あくまでも自然についてくるものだと信じています。その一方で、大衆音楽の世界で仕事をしている以上、最終的には社会の反応が反映されるパフォーマンス指標から完全に切り離されることは、現実的にはなかなかできないことも確かです」

『ARIRANG』のリリースから2週間——ポップ、ヒップホップ、そして大胆に「韓国らしさ」を取り込んだこのアルバムは、グループと母国との絆を深めながらも、普遍的な共鳴を生み出していることが明らかになっている。

アルバムリリース後、メディアへの初インタビューで、パン会長はチーフプロデューサーとしての役割、BTSのカムバックに至る長い道のり、新曲と振り付けの制作プロセス、そしてアルバムの音楽に込めた深く意図的な意味について語ってくれた。

カムバックの計画

——約4年ぶりのカムバックは一大事です。その計画についてもう少し詳しく聞かせてください。

メンバーたちが兵役を果たしている間も、会社レベルでできる作業は並行して進めていました。その期間中、彼らはアルバム制作に積極的に関わることができなかったので、事前に準備できることに集中しました——楽曲の選定や、クリエイティブとブランドの大まかな方向性の構築などです。

個人的には、メンバーが休暇で外出できるタイミングを見計らって、それぞれと個別に会うよう心がけていました。そのとき彼らがどんな気持ちでいるか、考えがどう変化しているかについて、たくさんの話をしました。

楽曲の選定を始める前に、アルバム全体の構造を設計し、音楽的なビジョンを定めるプロセスが本格的に動き出したのは、米国で行ったプレ・ソングキャンプでのことでした。

2025年の早い時期、メンバーたちの除隊前に、全体プロセスを現場で統括するリードプロデューサーとしてDiplo(ディプロ)が選ばれました。4月と5月には、ロサンゼルスで2回のプレ・ソングキャンプを開催し、約100曲のプロトタイプを制作しました。

7月、全メンバーが兵役を終えると、京畿道のペンションにプライベートなモニタリングルームを設け、終日ワークショップを行いました。プレ・ソングキャンプで生まれた数多くのプロトタイプを聴き返しながら、「今BTSにできることは何か」「今BTSがすべきことは何か」、そして「BTSにしかできないことは何か」について、深く議論しました。

アルバムのアイデンティティ

——では、アルバムのアイデンティティとは何だったのでしょうか?

たどり着いた結論は、とても明確なものでした。BTS 2.0は過去の延長であってはならない——新たな章の幕開けを告げる宣言でなければならなかったのです。

当時の私自身の言葉を借りるなら、このアルバムの音楽的な核心は、ひとつの問いに対する答えを探す旅でした。「デビューアルバム『2 Cool 4 Skool』をリリースしたあのBTSが、過去13年間のジャンル的な変遷や外への拡張を経ずに、同じアイデンティティのまま成長し続けたとしたら、現在のシーンをリードするためにどんな音楽を作っていたか?」

そのビジョンが明確になると、すぐにメンバーたちも加わってロサンゼルスでの本格的なソングキャンプが始まりました。

7月にすぐ米国へ向かったのは意図的な選択でした——メンバーが音楽だけに集中できる環境を作りたかったのです。実際には、除隊後に各自で立てていた個人的な予定を持っていたメンバーも多くいました。でも私がお願いすると——かなり真剣な気持ちで——全員が迷わず承諾し、予定をキャンセルして一緒に渡米してくれました。

兵役を経験したことのある方なら、あるいはそういう人を身近に知っている方なら、これがどれほど簡単ではない決断かわかるはずです——世界最大のバンドであるBTSといえども、彼らは人間であり、休息が必要だった。それでも彼らがそれだけの覚悟を見せてくれたという事実は、彼らがどれほど深く音楽を愛しているかを物語っていて、だからこそ彼らはBTSなのだと思います。

LAソングキャンプでの様子

最初の2週間は、あえて厳格なガイドラインを設けませんでした。何かを聴いてイメージしたものと、いわゆる「魔法の手」で実際に形になるものとの間には、常にギャップがあります。方向性を絞り込むそのプロセスが不可欠でした。

2週間が過ぎてから初めて素材を整理し始め、何が機能しているかを見極め、より具体的な方向性を定めていきました。そのプロセスを経てようやく、かつてぼんやりとしたビジョンに過ぎなかったものを、200〜300曲という完全に形になった楽曲群として具体化することができました。

余談ですが、このソングキャンプの規模とエネルギー自体が、米国の音楽業界の中で話題になりました。レジェンド級のプロデューサーから新進気鋭の才能まで、BTS 2.0として思い描いたビジョンに合った個性を持つさまざまなクリエイターが参加しました。

あるベテランプロデューサーからは「2000年代以来、これほど大規模なソングライターキャンプは見たことがない」と言われました。これほど大規模なキャンプはもはや米国では一般的ではなく、BTSのカムバックに関わりたいという人が大勢いました。招待を受けていなかった著名なプロデューサーたちが、私や、HYBEおよびBIGHIT MUSICのスタッフに直接連絡を取り、参加できないかと打診してくるほどでした。

——全員で再び顔を合わせた最初の瞬間はどうでしたか?どんな気持ちで、彼らが絶対にやりたいと思っていたことは何でしたか?

長い年月が経っても、まるで昨日会ったばかりのように時間が経っていない感覚になる——旧友と再会するとはよくそういうものですが、メンバーたちと再会したときもまさにそんな感じでした。

除隊後、韓国でワークショップを行い、その後全員そろってロサンゼルスのソングキャンプに集まりました。それほどの意味を持つ最初の日が、ある意味ではほとんど拍子抜けするほど普通の一日でした。

「おう」「あ、来たね」——そんな短い、飾らない挨拶を交わしただけで、テーブルに着いてすぐに仕事に入りました。特に儀式めいたことも何もなく、皆が音楽に没頭していく様子を見ながら、「本当にまた始まるんだ」と実感しました。

彼らが何をしたいかは明確でした。過去の栄光に安住する「ボーイバンド」の延長ではなく、ルーツへの回帰——この瞬間にBTSだけが問いかけられる問いを、音楽で証明することでした。

もうひとつ、強く印象に残っている場面があります。アルバムのリリースの約1ヶ月前、RMとJUNG KOOKと気軽な夕食を共にし、その後JUNG KOOKの自宅に立ち寄ると、他のメンバーたちも自然と集まってきました。そこで皆で、すでに完成していた『ARIRANG』のアルバムを最初から最後まで、全集中で聴き通しました。まるで自分たちだけのプライベートなリスニングセッションのように、照明を落として柔らかい間接照明だけを残して。

半ば冗談のように「このアルバムは傑作だ」と言い合いながら、結局2周通して聴いてしまいました。その場で、このアルバムにどれほど自信を持っているかを語り合いました。

振り返ってみると、その自信は、メンバーたちが本当に言いたかったことと伝えたかった音楽的アイデンティティを、アルバムの中で完全に表現しきれたという実感から来ていたのだと思います。その意味で、この『ARIRANG』というアルバムは、メンバーたち自身が追求したかった方向性を真に体現した作品だと確信しています。

「レッテルを脱却する」アプローチ

——音楽そのものへのアプローチはどうでしたか?K-POPも、あらゆる音楽と同様、BTSの前作以来変化しています。それはどのような挑戦であり、チャンスでしたか?

このアルバムでは、メンバーたちも私も、明確で意図的な目標を共有していました。西洋の音楽業界に根深く残る偏見によって形作られてきた「ボーイバンド」というレッテルを脱却し、BTSを真のアーティストとして確固たる地位を打ち立てること——それが目標でした。

かつて、ボーイバンド出身のアーティストの多くは、グループを離れてソロに転向することでそのイメージからの脱却を図ってきました。しかしグループとしてのアイデンティティを保ちながら、内側からその固定観念を完全に打ち破り、自己を再定義したケースはこれまでほとんど存在しませんでした。

それを実現するために、私たちはひとつの意識的な決断を下しました——自分たちが出発したジャンルと音楽的伝統を深く尊重しながら、決してその中に閉じ込められない、ということです。

同時に、歌詞とメッセージについては、これまで以上に正直に、今この瞬間に自分たちが世界をどう見ているか、何を感じているかを反映させたいと考えました。

こうした仕事は、ある意味でアーティストが自分自身を完全にさらけ出すことを求めます——考えだけでなく、弱さも含めて。だからこそこのアルバムは、今日のBTSそのもの——7人のメンバーが、自分たちの内面を率直に表現した作品です。

K-POP業界の変化への期待

グループ自体を超えた視点で見たとき、業界的な観点から、BTS の新アルバムがK-POPマーケットに2つの意味ある変化をもたらすきっかけになればと願っています。

ひとつは、アーティストのキャリアの可能性の地平を広げることです。BTSはすでに「7年の壁」と呼ばれるものを超え、K-POPグループの寿命を大幅に延ばしてきました。今日では10年以上にわたってキャリアを続けるアーティストも多くいます。

ただ私は、このアルバムが単に物理的な意味での長寿命化に留まらないことを願っています。継続的な芸術的成長と自己刷新を促す、より深い変革の触媒になってほしいのです。

もうひとつは、アルバムの体験と消費のあり方——特にヴァイナル(LP)フォーマットへの新たな注目を通じて——シフトさせるきっかけを生み出すことです。世界的にヴァイナルの消費は増え続けており、米国市場だけでも年間約20%の成長が見られます。

しかしK-POPでは、市場はまだCDを中心に大きく偏っています。既存の消費モデルを超えて、ヴァイナルのような新たな成長の柱を取り入れる時が来たと思います——フォーマットとしてだけでなく、音楽との関わり方として。ストリーミングは音楽への即時アクセスを可能にしますが、ヴァイナルはより意図的で長期的な音楽との関係を育みます——コレクションし、保存し、より深く体験するという関係を。

BTSの最新アルバムでも、ヴァイナルの生産数を大幅に増やしたにもかかわらず、すでに一部エディションは売り切れています。BTSのようなグループがこの変化を牽引できれば、長年CDを中心に回ってきたK-POP業界に、新鮮な勢いと新たなエネルギーをもたらすことができると確信しています。

メンバーたちの成長

——メンバーたちはどう変わりましたか?音楽ビジネスと音楽そのものへの姿勢において、最も大きな変化は何でしたか?

制作の力学は変わりませんでした。メンバーたちのアイデアを聞き、より明確な方向性に形作るのが私の役割で、彼らはそのアイデアを自分たちの色で音楽として具現化していく。私が修正を提案すれば、一緒に議論して作品を磨いていく。

以前と同じように、RMとはリアルタイムでメッセージをやり取りしながら歌詞を交換し、その場で調整していきました。外部プロデューサーとのセッション前に全員で集まり、それまでに積み上げてきたものを何時間もかけて聴き返しながら方向性を確認するという習慣も続けました。

変わったのは、メンバーたちの力量——より正確に言えば、どれほど成長したか——です。

Vが手がけた「Into the Sun」を初めて聴いたときのことは今でも忘れられません。これまでVは、ソングライティングやBTSのアルバムへの楽曲提供にそこまで深く関わってきたわけではありませんでしたが、この曲は際立って優れた作品でした。こうした成長は、全メンバーに共通して見られました。

メンバーたちがアーティストとして成長するにつれ、制作プロセスは自然とアーティスト主導になっていきました。私は必要なときだけ関与することを意識していました。実際、行き詰まったときに彼らの方から私のところに来て、指針やブレイクスルーを求めることもありました。このアルバムにおける私の役割は、大きな方向性を形作ることと、いくつかの重要な判断に意見を述べることが中心でした。

プレッシャーと確信

——BTSは単なるポップバンドではありません——国宝的存在です。カムバックを成功させるプレッシャーにどう向き合いましたか?

先ほど述べたように、BTSというグループの歴史的な重みと、4年ぶりの帰還という事実を前に、私が感じたプレッシャーは計り知れないものでした。それでも、そのプレッシャーと並んで、不思議なほど強い確信もありました——これは決定的なアルバムになる、結果は必ず出ると。

メンバーたちが兵役中に不安や懸念を打ち明けてくることがあっても、私は自然と落ち着いた口調でこう伝えていました。「君たち自身は自信が持てないかもしれないけれど、私たちが必ずやり遂げることは確信している」と。

振り返ってみると、その自信はBTSをアーティストとして深く信頼していることと、全力でプロセスを走り抜けさえすれば必ず答えは見つかるという経験に裏打ちされた確信から来ていたのだと思います。

だからこそ、最初に感じた圧倒的なプレッシャーと比べると、実際の18ヶ月間の制作期間は、ある意味で驚くほど穏やかなものでした。

もちろん毎日それぞれの課題があり、プロジェクトの規模と複雑さはこれまで経験したことのないものでした。日々のストレスは現実のものとして常にありました。

でも心の深いところでは、静かな湖面のように、内面の状態は澄んでいて揺るぎなかった。前例のない混乱の中でも内なる平静を保てた——そういう意味で、逆説的でありながら、特別な期間でした。

成功の方程式から距離を置く

——どんなリスクを取りましたか?

実際の制作プロセスで取ったリスクは、かなり大きなものでした。最大の問いは、「BTS 2.0」として思い描いた変革を、観客が本当に受け入れてくれるかどうかでした。

その転換を実現するために、私はこれまで実証済みの成功の方程式から距離を置くという、2つの意図的な決断を下しました。

ひとつは、ビジュアル言語の転換です。アーティストを最も磨き上げられ、スタイリッシュで、視覚的に高められた形で提示するという従来のK-POPのアプローチから完全に離れました。代わりに、アルバムのメッセージに忠実であることを選択しました——外見的な華やかさよりも、人間としてのメンバーの素の姿と、そこから滲み出る美しさを捉えることに。

もうひとつは、パフォーマンスの役割を根本から再定義する決断でした。このプロジェクトで最大のリスクは、BTS 2.0として定義した大胆な転換を、大衆が受け入れてくれるかどうかでした。特に振り付けにおいては、相反する2つの形のリスクテイクが同時に追求されました。

まず、これまでの成功の方程式を完全に手放す必要がありました。プロセスの終盤に差し掛かっても振り付けが固まらない中、疲弊したメンバーたちが私のもとに来て、なぜ明確な方向性を示してもらえないのかと失望を口にしました。

それまでは音楽以外の領域では彼らのビジョンを尊重したいと、意図的に一歩引いていました。でもその会話の後、私は直接介入することを決め、すべてをリセットする——既存の振り付けの草案をすべて破棄する——という決断を下しました。

特に「Swim」と「Hooligan」では、振り付けはほとんどないと感じさせるほどのミニマルなレベルまで削ぎ落とされました。メンバーたちはこのアプローチに疑問を呈し、「これは本当にBTSらしいのか」と問いかけてきました。

私はこう答えました。「君たちはすでに、ただそこに立っているだけでステージを支配できるオーラを持っている。そういうアーティストにとっては、静止していることで十分なこともある。これまでのような激しい振り付けは、ときに音楽そのものを覆い隠してしまうことがある。次世代が採用している手法——しかもその手法を確立したのは君たち自身だ——をただなぞることは、今の君たちが持つ重みと風格には合わない。新たな章を開くことを選んだなら、新しい種類のパフォーマンスを提示する必要がある——音楽そのものが聴こえてくるような」

両方のアプローチを試しながら、繰り返し比較し、その違いを体で感じる——そうした作業を約2週間続けて、ようやくメンバーたちは完全に理解し始めました。

同時に、BTSといえば力強く息の合った振り付けを連想するファンの期待に応える、新たな基準も打ち立てる必要がありました。

BTSが多大な貢献をしてきたK-POPスタイルの精密な振り付けを、ただ繰り返すだけでは不十分だと感じていました。そうではなく、「これがBTSのレベルだ」と宣言しながら、K-POPの振り付けに新たな地平を切り拓くパフォーマンスが必要でした。

実際、ボーカル担当のメンバーの一部は当初、この楽曲(「2.0」)をアルバムに入れることに反対していました。自分たちには完全に表現しきる自信がない、と。しかし私は「2.0」を入れることが絶対に必要だと強く感じていました。従来のスタイルのような爆発的で外向きのエネルギーではなく、エネルギーを凝縮しながらBTSの遺産を精緻に受け継ぐ、より抑制された内側からの強度で構築されたこの曲は、アルバムにとって不可欠な存在だったからです。

ディアスポラの視点

——「アリラン」は韓国においてどんな意味を持つのでしょうか。またなぜ、このタイトルをアルバム名として提案したのですか?

韓国において「アリラン」は、単なる伝統民謡をはるかに超えた存在です。別れと切望に根ざした、やわらかく甘く切ない哀愁を帯びながら、同時にその感情をエネルギーへと変換する——韓国人が困難を乗り越える際の粘り強さと生命力、いわゆる「興(フン)」を象徴しています。ある意味で「生きている遺産」——歌う人によって絶えず形を変え、再解釈され続けるものです。

この感情的な枠組みこそが、今日のBTSの内的世界を表現するための、最も的確で力強い器だと確信しました。だからこそ、アリランをこのアルバムの中心概念として提案したのです。

制作を通じてメンバーたちと長い対話を重ねる中で、改めて気づかされたことがあります。グローバルなアイコンという立場にありながら、彼らの根っこにあるのは、アイデンティティの問いと深く向き合い続ける若者たちだということです。

RMの言葉を借りれば、彼らは「韓国の田舎の少年たち」であり、慣れない世界の舞台を歩みながら——時に戸惑いを覚えながら——自らの意図とは関係なく「脚光の重さ」と深い責任感を担うようになっていきました。それはある意味で、計り知れないものでした。

このプロジェクトの核心は、英雄的なイメージの裏に隠れた人間としての苦悩——「分断した自己」——を、最も真摯に明らかにすることだと私は感じていました。

そのころ、1896年にさかのぼる歴史的な記録と出合いました。見知らぬ言語と文化の壁に直面しながらも、アメリカの地で最初の韓国語録音——「アリラン」——を残した7人の若い韓国人男性の記録です。130年以上前、異国の地で音楽を通じて自らの存在を証明しようとした彼らの姿は、2025年に兵役を終えてグローバルな舞台に再び踏み出し、BTS 2.0として新たな章を開こうとするメンバーたちの状況と、驚くほど重なって見えました。それは偶然とは思えず、ディアスポラという視点を通して理解できる、共通した変わらぬ宿命のように感じました。

私たちが向き合った「アリラン」は、決して静止した、沈んだ悲しみではありません。韓国の民謡に特徴的なように、私たちが焦点を当てたのはその粘り強さ——別れの痛みを躍動する生きたリズムへと変換する力——でした。

アーティストとして、自らの弱さを公に明かし、その脆さの中に前へ進む力を見出すこと——それこそが真の「BTSらしさ」だと信じています。

このプロセス全体を通じて、関わるすべての人に一貫して強調してきたのは、「アリラン」を決して表面的で一面的なものとして扱ってはならないということ、また「アリランを入れれば何となく韓国らしくなる」「最も韓国的なものが最もグローバルだ」といった薄っぺらいスローガンに矮小化してはならないということでした。

最終的に、アリランは最も明確な羅針盤となりました——BTSが歩んできた13年の旅を振り返りながら、「A Love Beyond」——国境と世代を超えた愛——の時代へと向かう指針として。

この歌はもはや、伝統の単純な再解釈ではありません。今まさにこの瞬間、絶えず進化しながら世界を動かし続けるBTS自身の、生きた表現なのです。

「アリラン」を巡る葛藤

——韓国人として、「Body to Body」でBTSと何千人もの観衆が共に「アリラン」を歌う場面を聴いたとき、どんな気持ちでしたか?

BTSの別のグローバルヒット「MIC Drop」のとき、世界中からやってきた——それぞれ異なる言語を話す——ファンたちが、曲の一部を完璧な韓国語で一緒に歌う瞬間に、深く心を動かされたことを覚えています。初めてその光景を目にしたとき、それは非常に強烈な体験でした。

しかし「Body to Body」では、その体験がさらに深く、幾重にも重なったものとして感じられました。

BTSが意図したわけではないかもしれませんが、韓国では彼らはしばしば国の代表者のような存在として見なされています。もちろん最初の段階では、「アリラン」のような明確に韓国的な民謡的要素を楽曲に取り入れることについて、メンバーやチームの間でさまざまな議論や意見の相違がありました。

しかしプロデューサーとして私の見解は、アーティストとして、これほど強力な感情的インパクトを生み出しうるものを——内的・外的な理由から——あえて選ばないことは、いつか後悔することになるかもしれない、というものでした。

BTSに、ファンと広く一般の人々の双方の心に永く刻まれる瞬間を作るチャンスを逃してほしくなかった。最終的にメンバーたちとも共通の理解に達することができ、そして今やアイコニックな瞬間となったものを、ともに目撃することができました。

後日、メンバーたちは笑いながらこう話してくれました。「最初は『過度にナショナリスティックなマーケティング』と受け取られるんじゃないかと心配していました。でも周りの人に聴かせてみると、話した韓国人全員が、アリランが入ってくる瞬間に鳥肌が立って、深く心を動かされたと言っていました。今回もあなたが正しかったようです」と。

光化門広場の選択

——Netflixのコンサート映像は光化門広場で撮影されました。これはあなたのアイデアだと伺っています。光化門の持つ意味と、なぜそこで撮影したかった理由を教えてください。

すでに広く語られてきたことですが、BTS の新章を告げる最初のステージは、明確に「韓国らしい」場所でなければならないと考えていました。

カムバックの情報が流れ始めると、世界の主要都市からいくつかの公演オファーが届きました。しかし、韓国で生まれ世界へと成長したアーティストにとって、これほど重要な瞬間を海外でスタートさせるべきではないと、強く感じていました。

光化門広場は、最もふさわしい選択でした。多くの人が指摘しているように、最も韓国らしい姿に立ち返ったBTSが、韓国でも最も象徴的な場所のひとつに7人そろって立つ姿は、アルバムのメッセージを力強く視覚化するものとなりました。

特に、ステージ自体は最小限の要素で構成され、装飾のないシンプルな大きな矩形の構造物だけが設けられました。背景に光化門、その前でパフォーマンスするBTS——その光景は、過去と現在をつなぐ「門」のようであり、私はその対比に深く心を打たれました。歴史的でありながら同時に現代的、真に稀有なステージでした。この実現を助けてくださったパートナーのNetflixに、改めて感謝を申し上げたいと思います。

「No. 29」のビハインド

——もうひとつの美しい韓国的要素として、「No. 29」に聖徳大王神鐘の「うなり*1」が使われています。これもあなたのアイデアだそうですね。韓国文化における聖徳大王神鐘の意味と、このアルバムでの役割を教えてください。

アルバムを聴いていただくと、前半と後半に明確なコントラストがあることに気づくと思います。冒頭の部分は壮大さをまとっています——約4年ぶりに帰還するBTSの「王の帰還」を告げるような。対照的に後半は、より抑制された内省的なトーンへと変わり、その冠の重さを担う若者たちの率直な感情と内なる葛藤を映し出しています。

この対照的な2つのムードをつなぐことは、私が慎重に考えてきた問いでした。鐘の音を導入することで、ある種の瞑想的な通路を作り出し、聴き手が自然に後半へと移行できるのではないかと感じました。アルバムにインタールードを置いてムードを転換することは珍しくありませんが、通常は独立した器楽曲として作曲されます。今回は、いかなる音楽的要素も加えず、鐘の音だけを使うという、私たちにとって新しいアプローチでした。

このアイデアは、昨年、国立中央博物館を訪れたことから生まれました。유홍준(ユ・ホンジュン)館長が直々に聖徳大王神鐘の音を紹介してくださったのです。

館長はご親切にも博物館をプライベートで案内してくださり、「音楽をやるなら、これは必ず聴くべきだ」とおっしゃって、鐘の専用展示空間に連れて行ってくださいました。私はかなり長い時間そこで座って音に耳を傾け、その歴史と意義について学びました。館長は、当時の技術水準を考えると、その職人技と音響的な特性がいかに卓越したものかを語ってくれました。その瞬間、この音をアルバムのインタールードとして使うべきだと感じました。

東アジアの鐘は伝統的に、深く持続する共鳴を生み出すよう設計されていて、聖徳大王神鐘はその工芸の頂点とも言われています。鐘は、その音が途絶えることのない連続した共鳴の中に響き渡るよう設計されています——消えかけるようでいて、決して完全には消えない。この現象が「うなり」です。同じように、BTSの音楽が時を超えて響き続けるという希望を、このアルバムに込めたいと思っていました。

同時に、出身を問わずリスナーが自然に興味を持つきっかけになるのではないかとも思いました。特に海外のリスナーが、その好奇心に導かれてその意味と歴史を探り、韓国の文化的遺産への理解を深めてくれればという願いを持って。

BTSはポップアイコンになる

——近年、ポップ音楽においてナショナルプライドの復興が見られます。バッド・バニーの『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』はその好例で、純粋にプエルトリコ的なアルバムです。BTSと『ARIRANG』によって、韓国にも特別な音楽大使が生まれる時が来たと思いますか?

このアルバムを通じて、BTSはアイコンになると信じています——単に韓国を代表するという意味ではなく、普遍的なポップアーティストとして、そしてそれ自体として揺るぎない存在として。Netflixがカムバックのライブ放送を宣伝する際に使った「THE WORLD'S BIGGEST BAND」というフレーズは、タグラインではなく、現実の反映だと私は捉えています。

社内でよく使う表現ですが、BTSはある種の「デスティネーション(目的地)」になりつつあると思います。ファンダムの力によってここまで来たことは確かですが、今やファンダムを超えて——世界規模で広く一般の人々に認知され、受け入れられるアクトへと進化しつつあります。ディズニーランドが開園すれば行ってみたいと思い、新しいマーベル映画が公開されれば観たいと感じる——そうした自然な引力と同じように、BTSは人々が体験したいと感じるアーティストになりつつあります。つまり、特定のファン層を超えて、より広い聴衆を惹きつけ、巻き込めるアクトへと拡張しているのです。

BTSのようなアーティストの存在が、K-POP全体の市場拡大と関心の高まりにも貢献すると確信しています。あらゆるジャンルは最終的に、そのジャンルを代表し再定義できる変革的なアーティストを必要とします。そうしたアーティストと彼らが生み出す瞬間を通じて、ジャンルの境界線が外へと押し広げられ、既存のベースを超えた聴衆が引き込まれていきます。BTSはK-POPの中でその役割を果たしてきました。そして時を経た今回の帰還が、韓国の音楽産業全体に新たな勢いをもたらす力になることを願っています。

*1:맥놀이 振動数(または周波数)がわずかに異なる2つの波が干渉して、振幅がゆっくり周期的に変わる合成波を生ずる現象

ARIRANG アルバムレビュー

アルバムレビュー2本

 


BTSの『ARIRANG』は、もう戻れないと知りながらも再会を果たしたアルバム――レビュー

七つのソロキャリアが、スタジオに集まった。
B+


リリース日: 2026年3月20日 レーベル: Big Hit 配信: Apple Music
Wren Graves 2026年3月20日

『ARIRANG』は、BTSというグループがいかに特異な存在かを、改めて浮かび上がらせる。
まず、本物のポップスターは滅多にいない。ほんの一握りの、才能があり、恵まれた容姿を持ち、戦略的に磨き上げられた人たちのなかで、最初のチャンスをつかめたのは、業界の門番がそれほど差のない大勢の候補者のなかから彼らを選び出したからに過ぎない。

その選別の過程でうまくいかないことはいくらでもある。だがそれは入り口の話に過ぎない。本当に興味深いのは、その後だ。門番が車輪を回し続けられる時間は長くない。アーティストたちはすぐに、いかにして聴衆とつながり、その絆を育てるかを自ら考えなければならない。協力者を選び、正しい判断を下し続けなければならない。ポップ・ミュージックの世界においてもなお——いや、だからこそ——アーティストとしての力量が結局すべてを決める。

『ARIRANG』が成立しているのは、少なからずRMのアーティストリーによるところが大きい。彼の手が届いていないトラックは、このアルバムに一曲もない。軍への入隊が始まった2022年以前からグループのリーダーとして、最終的な耳とテイストの基準を担ってきた彼は、BTSのカムバックアルバム(通算5枚目)で、同世代の偉大なポップ・マインドを語る場に名を連ねるに値する存在となった。

防弾少年団は「Body to Body」で幕を開ける。このトラックには、アルバムタイトルの由来となった韓国の民謡〈アリラン〉のテーマが織り込まれている。〈アリラン〉は望郷・悲哀・逞しさ・離別を歌った愛国歌とされており、『ARIRANG』全体に通底する選択と同様に、このグループと祖国との関係が成熟してきたことを映し出している。初期のアルバムは韓国の若者が抱える苦しみを主題とし、ときに政府への批判とも受け取れる表現をはらんでいた。それ以降、韓国社会はBTSをグローバルな舞台へと押し上げ、7人全員が国民的な義務である軍務を経験した。『ARIRANG』には、彼らの祖国への思いがこれまでで最も温かく込められている。

「Body to Body」に続くのは、4曲にわたるヘッドバンギング必至のヒップホップの塊だ。Jung Kookが共同制作した「Hooligan」はグリッチーでキャッチー、ナイフを研ぐような打撃音を核に構成されている。「Aliens」は正真正銘のバンガー。「FYA」はジャージー・クラブへと踏み込む。

ボーカルライン(Jin・Jimin・V・Jung Kook)がコーラスを担い、RM・SUGA・j-hopeがヴァースを受け持つ構造は、両者のやり取りに鋭いきれを生み出している。

その鋭さは、離れていた時間に負うところがある。長い空白期間に、数名のメンバーは誰も予測しなかった独自のソロキャリアを築いた。SUGAはAlter Ego「Agust D」として3部作のアルバム三部作を完成させ、その最終作はBillboard 200で2位を記録し、ワールドツアーを成功させた。j-hopeはロラパルーザのヘッドライナーを務め——アメリカの主要フェスでトリを飾った初の韓国人アーティストだ——『Jack in the Box』では持ち前の明るさを手放し、よりダークでハードな何かへと踏み出した。

それぞれの個性がグループに逆流してくるのが聴こえる。SUGAとj-hopeが共同制作し、Tame Impalaのケヴィン・パーカーがプロデュースした「Merry Go Round」は、夢心地のサイケデリックな揺らぎをまとっている。ラップラインによるもう一つのコラボレーション「NORMAL」はさらに深みへと沈んでいく。The Weeknd的な夢幻のR&Bで、驚くなかれ、彼らは曲中で悪い言葉を使っている。K-popでは放送規制の存在からプロファニティのある楽曲がテレビ露出からほぼ弾かれてしまうため、これは異例のことだ。BTSはその曲をテレビよりも優先することを選んだ。

アルバムはその中心で、曲調を転換させる。「No. 29」は、韓国の国宝第29号に指定された聖徳大王神鐘*1の鐘の音を土台にしたインタールードだ。リードシングル「SWIM」へと向かう前の、静かな呼吸のような一曲となっている。「SWIM」は甘くなりすぎる瀬戸際を綱渡りしながら、ちょうどいいところで溶けていく——砂糖の過剰摂取ではなく、耳に残るイヤーワームとして。

後半は少しムラが出てくる。Jiminが共同制作した「they don't know 'bout us」はクールなヒップホップのグルーヴでバンガーの領域へと帰還する。「One More Night」は心地よい。だが「Like Animals」は何度聴いても印象に残らず、Vが楽曲制作に参加したクローザー「Into the Sun」は明るくキャッチーではあるものの、少々浅い——アルバムは最後の言葉として、深みよりも温かさを選んでいる。

ここで『ARIRANG』は、空白期間が実際に何を変えたかを示す。7人のメンバーは、獲得してきた何かがあるから、個人的な何かがあるから、という切実さを持って音楽に向かっている。アルバム全体は、磨き上げられた一つのユニットではなく、本物の化学反応を持った7人の個人として聴こえてくる場面が多い。ソロ活動の年月は、各メンバーに一段と鋭い創造的なアイデンティティを与えた。そしてRMの直感がすべてをひとつにつなぎとめている——彼のコラボレーター・リスト(Diplo、Mike WiLL Made-It、Kevin Parker、JPEGMAFIA)は、あらゆるものを聴き、聴いた後でじっくり考える人間のプレイリストのようだ。『ARIRANG』は、それぞれのアイデンティティが再び同じ部屋に集まるための、最初の試みだ。

ひとつのユニットとして選ばれたメンバーたちは、個人として戻ってきた。次のアルバムへの問いは、その両方でいられるかどうかだ。

 

BTSが5枚目のスタジオアルバム『ARIRANG』でK-popの完成形を届けた

世界制覇へと至る彼らの歩みは並外れたものだった。それに見合うスケールのアルバムが届いた。

評価:5.0
Joseph Kocharian

K-popの巨人・BTSがグループとして音楽を発表してから、もうすぐ4年になる。7人が再集結し、今春82公演にわたるワールドツアーへ出発しようとしているいま、彼らは5枚目のスタジオアルバム『ARIRANG』で、世界的スーパースターへと至る唯一無二の歩みと、韓国というルーツへの深い結びつきを、改めて見つめ直している。

Jin・SUGA・j-hope・RM・Jimin・V・Jung Kookの7人は、時間をかけて、重みと響きを持ったレコードを丁寧に作り上げた。Ryan Tedder*2、El Guincho*3、Mike WiLL Made-Itといった大物ミュージシャンたちとのコラボレーションを経て、音響的な明晰さと意味の深みを兼ね備えた作品が生まれた。

アルバムには、韓国への愛をつづるラブレターとも言えるディテールが随所に織り込まれている。前半は若さの爆発的なエネルギーに満ちており、タフでありながらどこか遊び心のあるインダストリアルサウンドが貫いている。オープニングトラック「Body to Body」には、韓国で愛される民謡〈アリラン〉のモチーフが組み込まれ、伝統的な打楽器と合唱の要素がモダンなサウンドと融合している。細部への目配りと、並々ならぬ丁寧さで作り込まれたアルバムだ。

2曲目の「Hooligan」は、刃が打ち合うような音と重く低く沈むベースに、美しいハーモニーと弦楽器のアレンジを巧みに組み合わせ、BTSの幅広い音楽性と創造力をまざまざと見せつける。浮遊するようなボーカルとよりグリットのあるラップが混ざり合うこの曲こそ、BTSの真骨頂だ。「FYA」はブリトニー・スピアーズへの遊び心あるオマージュをリリックに忍ばせている——「クラブ狂ってる、ブリトニーみたいに、ベイビー、もう一度ぶつけてきて("Club go crazy like Britney baby, hit me with it one more time")」。重厚な息づかいとドシンと響くベースラインを持つこのダンストラックは、ポップの女王の最高傑作『Blackout』*4のトラックリストに並べても違和感がないだろう。

アルバムの中心を固めているのが、インタールード「No. 29」だ。聖徳大王神鐘の一打が、ただ単独で、静かに響く。アルバムの心臓部として、BTSと故郷・そして互いへの結びつきを示す、厳粛で象徴的な瞬間となっている。

そこから先は、グループの旅の新たな章へと誘われる。より大きく、思索的なサウンドが広がっていく。なかでも際立つのが、Kevin Parker(Tame Impala)がプロデュースした、哀愁を帯びたシンセ主導の「Merry Go Round」だ。グループとともにアルバムを旅していくうちに、生の感情・人生の節目・成長を探る、明確な道筋が見えてくる。この内省はリードトラック「SWIM」にもっとも端的に現れており、流れに逆らって泳ぎ続けるという主題を正面から扱っている。RMが主導して書いた英語詞のこの曲は、世界制覇を実現させた彼らの不屈の意志と努力への、グループ自身によるオマージュだ。

後半は音響的にも映画的な質感を持っている。「Like Animals」は壮大に膨らんでいくクレッシェンドと、粗削りなギターのストラム、夢幻のようなエーテリアルなボーカルを融合させ、BTSの星界へと連れていくような感覚をもたらす。そしてクローザー「Into the Sun」は、ファルセットのハーモニーとゆっくりきらめくテンポで、これから広がるすべての可能性を告げる美しい夕日を、彼らとともに眺めているような気持ちにさせる。

BTSは唯一無二の現象だ。世界制覇へと至る彼らの歩みは並外れたものだった。それに見合うスケールのアルバムが、ここに届いた。

 

*1:聖徳大王神鐘:8世紀に鋳造された朝鮮半島最大の梵鐘。その音色が長く尾を引くことで知られ、「エミレの鐘」の別名でも呼ばれる。現在は国立慶州博物館に所蔵されている。

*2:Ryan Tedder:OneRepublicのフロントマンであり、Beyoncé、Adeleら多数のアーティストに楽曲を提供してきたプロデューサー・ソングライター。

*3:El Guincho:スペイン出身のプロデューサー。Rosalíaとの仕事でも知られる。

*4:Britney Spearsの2007年作『Blackout』は、商業的苦境のなかでリリースされながらも音楽的完成度の高さから後に再評価され、現在では同時代の最重要ポップアルバムの一つとして位置づけられている。

高陽コンレビュー Billboard Korea,The Korea Times, The Korea Herald

ついにスタートしたBTS WORLD TOUR ARIRANG
オープニングとなった韓国・高陽スタジアムでのコンサートレビュー。NME以外の短めのものを集めました。

【目次】

 

 

【Billboard Korea】BTSのARIRANGワールドツアー、韓国で幕開け——初日のベストモーメント7選

2026年4月11日

雨に濡れた高陽の夜、BTSはARIRANGワールドツアーの幕を開けた。23曲にわたるセットリストは、新曲と過去の名曲を行き来しながら展開された。今年最も注目されるツアーのひとつであり、3公演連続ソールドアウトの初日——4月9日木曜日の公演は、最初から重みをもって迫ってきた。観客もそれに応えるように、雨のなかでも最初から最後まで完全にステージと向き合い、その夜の感情的な高まりを会場全体で作り上げていた。

初日の輪郭は、革新よりも完成度によって形作られていた。セットは、BTSがスタジアムというフォーマットのなかで長年磨き上げてきた強みによって支えられていた——ラップラインの推進力、メロディーの高揚感、そして規模に合わせて調律された観客とのやりとり。すべての場面が同じ強度で響いたわけではないが、パフォーマンスがそのダイナミクスの核心に落ち着いた瞬間、この夜の全体像が鮮明に見えてきた。

なかでも特に際立っていたのが、韓国の文化的記憶と結びついた楽曲だった。伝統民謡「アリラン」を取り入れた「Body to Body」では、韓国のスタジアムがその歌声をひとつにする瞬間が、この夜のもっとも忘れがたい光景として刻まれた。

また別の場面では、雨と光と観客の歓声が、演出の邪魔ではなく、ショーそのものの質感として溶け込んでいた。最後には、ARIRANGが一つのパフォーマンスとして——コントロール、空気感、そしてアーティストと観客が同じ空間に完全に存在しているときにだけスタジアムに降りてくる特別な感覚によって——定義される夜として幕を閉じた。
ARIRANGワールドツアー初日のベストモーメント7選を紹介する。

1|「Hooligan」がその夜の空気を決めた

El Guincho、Fakeguido、Jasper Harris、Ghstloopが手がけた『ARIRANG』の2曲目「Hooligan」が、オープニングを飾った。刃を研ぐ金属音とともに弦楽のアレンジが立ち上がるイントロは、張り詰めた緊張感をはらみ、無駄のない動作でグループの登場を告げた。メリスマ的なボーカルとキレのあるラップパッセージが絡み合う、BTSらしいインタープレイが、オープニングとして明確な内的論理を持たせていた。

2|「Mic Drop」→「FYA」→「Fire」の連続

この夜のもっとも明確なピークのひとつが、「Mic Drop」から「FYA」へ、そして「Fire」へと続く流れだった。バラバラのハイライトが並んでいるのではなく、一本の途切れない上昇として機能していた。雨中を切り裂く炎の演出も、ステージ上で起きていることを上書きするほどではなかった。Diploがプロデュースした「FYA」はスタジアムを別の次元に押し上げた——より大きく、より自由で、整然としたスタジアムセットというよりフェスのメインステージに近い空気感。そして「Fire」がこの流れに、もっとも本能的な解放をもたらした。

3|「Body to Body」でのアリラン合唱

伝統民謡「アリラン」を取り込んだ「Body to Body」が、高陽で特別な意味を持つことは最初からわかっていた。「アリラン」は、特定の作者ではなく集団的な記憶と反復によって受け継がれてきた、生きた民俗の伝統だ。その文脈が、この瞬間にセットの他の曲とは異なる重力を与えた。韓国のスタジアムで「アリラン」が一斉に歌われる光景は、この夜の集合的な感情のもっとも明確な表れとなり、ツアーが世界へと向かうにつれて変容していかざるをえない、この地にしかない瞬間のひとつとなった——とりわけ、韓国人と在外コリアンにとって。

4|「IDOL」は確かにそこにあった

アンコール前の終盤に登場した「IDOL」は、セットリストでの自分の居場所をもはや説明する必要のない楽曲としての確かさで展開した。ダンサーたちが動き、旗がたなびき、メンバーたちが観客へと歩み寄るなかで、そのパフォーマンスはオリンピックの開会式・閉会式における国の代表チームの行進のような感覚をたたえていた。BTSのもっとも一貫したテーマのひとつも、ここで中心に返ってきた——韓国のアイデンティティとグローバルなポップの規模が、妥協なく同じフレームの中に共存すること。

5|雨がショーの一部になった

天候は最初から最後までコンサートを形作り、いかなるステージ演出も予測しえなかった形で、ショーの手触りを変えていった。「They don't know 'bout us」や「Like Animals」では、雨と光と観客の歓声が重なって、独特の映画的な空気感が生まれた。同時に、パフォーマンス自体はその間も一切乱れなかった。振り付けは精度を保ち、ボーカルも安定していた。雨はこの夜の空気の一部となったが、夜の形そのものを崩すことはなかった。

6|「Mikrokosmos」が夜を内側へ引き戻した

「Mikrokosmos」が信頼できるクローザーであり続けるのは、押しつけがましくなることなくスケールを転換する術を心得ているからだ。高陽で、雨のなかで、この曲はスタジアムの広大さを、より柔らかく、より共有された何かへと手繰り寄せた。初日のセットでは終盤から4曲目という位置づけだったが、それでもその役割を果たした。ショーに明確な感情的な着地点を与え、巨大な群衆をそれでも分かち合われた何かに変えるという、BTSがライブで繰り返してきたもっとも親しみ深い本能へと、夜を返していった。

7|ARMYがこの夜を作った

Billboardが現地のファンに話を聞いたとき、繰り返し返ってきた言葉は、いくつかの同じ感情のバリエーションだった——喜び、感謝、信じられない気持ち、そしてコミュニティ。海外から訪れたファンも多く、なかにはこのコンサートが初めての韓国旅行に結びついていた人も、一曲、一つのパフォーマンス、あるいはオンラインで見たある映像から始まった長い個人的な旅の延長線上にいる人もいた。雨のなかでも観客は最後まで完全に集中していた——揃ったチャント、ポンチョの上に掲げられたサイン、ほとんど途切れることのなかった注意の持続。その存在は、この夜の空気にとって付随的なものではなく、本質的な要素だった。セットがこの夜に構造を与えたとすれば、ARMYがその感情的な空気のほとんどを作り上げた。

 

【The Korea Times】BTSの「ARIRANG」ツアー、高陽公演で炸裂する熱量と伝統の美

The Korea Times|Pyo Kyung-min|2026年4月11日

BTSが大規模ワールドツアーの2日目を、韓国の美意識を全身に纏ったパフォーマンスで燃やし尽くした。そのツアーは、グループのみならず、Kポップそのものにとっての新たな始まりを告げる狼煙かもしれない。

グループは現在、ソウル西部の高陽スタジアムで木曜から週末にかけて3公演を行い、「BTS WORLD TOUR『ARIRANG』」を展開中だ。このツアーは、2022年4月に「BTS PERMISSION TO DANCE ON STAGE」ツアーを締め括ってからおよそ4年ぶりの帰還となる。

土曜公演は、本編が始まる前からすでに韓国の美学を深く宿していた。伝統的な12弦の弦楽器・伽耶琴(カヤグム)の旋律が、水墨画を連想させるVCRの映像とともに会場を満たし、期待に高ぶったファンの歓声がグループの名前を呼ぶ叫びへと変わっていった。

午後7時をほんの少し回ったころ、全7人のメンバーが黒づくめの大勢のクルーとともにステージ端から雪崩れ込み、ヒップホップの「Hooligans」と「Aliens」で幕を開けた。開演直後から火花と花火が空を引き裂いたが、観客を熱狂の渦に叩き込んだのは、なによりもメンバーたちのステージを支配する圧倒的な存在感だった。

2022年のヒット曲「Run BTS」のイントロが鳴り響いた頃には、会場はすでに唯一無二の没入型Kポップ空間へと様変わりしていた。メンバーたちはファンの熱狂に応えるように、デビュー初期を思わせる力強いパフォーマンスを見せ、そして観客への挨拶へと移った。

屋根のないスタジアムで天候の影響をもろに受けるなか、ジョングクがファンに「寒くないですか?」と声をかけ、大きな歓声が上がった。

「昨日より天気が良くて良かった」と彼は言った。「今夜はさらに熱くしていきます」
「こういうコンサートは久しぶりです」とジミンも続けた。「アルバムとともに、たくさんのことに挑戦しました。本当に一生懸命作り上げたので、楽しんでもらえたら嬉しいです」

コンサートはその後、抒情的な空気をまとう「They Don't Know 'Bout Us」と「Like Animals」へと流れ込み、「Fake Love」(2018年)、リードシングル「SWIM」、そして『ARIRANG』のB面曲「Merry Go Round」のパフォーマンスを通じて、グループの過去と現在を一本の糸でつないでいった。

韓国的な要素は、前半を通じて随所に顔を出した。「They Don't Know 'Bout Us」では韓国の仮面・탈(タル)をスクリーン上で現代的に再解釈し、「Merry Go Round」には僧侶による韓国舞踊・僧舞(スンム)にインスパイアされた振り付けが織り込まれた。
スタジアム全体から360度、どこからでも視界を遮られることなく楽しめるように設計されたステージ自体も、韓国の美意識を体現していた。中央には慶会楼(キョンフェル)を模したパビリオンが据えられ、床には韓国の国旗をモチーフにした意匠が施されていた。

コンサートが折り返しを過ぎたころ、メンバーたちはスタイリッシュな黒のステージ衣装から、よりリラックスしたストリート系のスタイルに着替え、「2.0」と「NORMAL」へとなだれ込んだ——光化門広場での特別公演を踏まえながら。今回は違いが明確だった。メンバーたちの動きはより伸び伸びとしていて、完全に自分たちのパフォーマンスを掌握し、ショーを引っ張っていた。

続いて、全盛期のヒップホップナンバーが畳み掛けるように披露された。「Not Today」「Mic Drop」「FYA」、そして「FIRE」を含むマッシュアップ——Kポップの頂点に立ってきたグループの底力が、ここに凝縮されていた。

コンサートの中盤に差し掛かると、ボーカルは驚くほどの透明感で場に突き刺さった。軍服務という空白の時間が、その声を研ぎ澄ましていたのだ。メンバーそれぞれのソロとしての色は際立っていたが、ステージに立つBTSはむしろ、7人の総和を超えた何かを証明していた——引き締まっていて、圧倒的で、7人であることの必然性を体で示すような存在感だった。

そして「Body to Body」が幕を開けた。花火の炸裂と、韓国の「カンガンスルレ」の円舞を彷彿とさせる振り付けを組み合わせた、本格的な一大スペクタクルだ。「IDOL」が鳴り始めると、メンバーたちはステージを飛び降りてフロアへと降り立ち、スタジアムを一周する「勝利の凱旋」とも呼べる光景を作り上げた——それはKポップのグローバルな存在感を宣言するかのような瞬間だった。

終演が近づいても、エネルギーが衰える気配はなかった。BTSは『ARIRANG』から新たに披露される楽曲「Come Over」を、世代を超えて愛されるグローバルヒット「Butter」と「Dynamite」とともに届けた。

最後のアンコールでは、ファンへのセレナーデ「Please」と、別れを告げる「Into the Sun」が選ばれ、夜空を花火で埋め尽くしながら、この夜は幕を閉じた。

スタジアムの外では、チケットを持てなかったファンたちが遠くから耳を傾けるために集まり、それ自体がひとつの光景を作り出していた。会場から溢れ出してくる音楽をみんなで分かち合いながら、その悔しさを「待つことのロマン」へと昇華させていた——BTSとARMYにしか生まれえない、不在もまた愛の形であるような、特別な時間だった。
高陽公演は日曜で幕を閉じ、その後ツアーは東京、北米、欧州、中南米、アジア各地を含む34都市・計85公演へと続く予定だ。日本と中東での追加公演も検討されている。

【The Korea Helard】BTSの「アリラン」という実験、ステージで形になる

The Korea Herald|Kim Jae-heun|2026年4月12日

ワールドツアーで、韓国の伝統をグローバルなスタジアム観客向けにアレンジ

京畿道高陽市発――Netflixドキュメンタリー『BTS: The Return』が3月27日に公開された際、ひときわ緊張感のあるシーンが視聴者の目を引いた。HYBEのバン・シヒョク会長とBTSのメンバーたちがテーブルを囲み、新曲「Body to Body」に韓国の民謡「アリラン」を取り入れるべきかどうかを議論する場面だ。

一部のメンバーは、あれほど重みのある文化的シンボルを前面に出すことへの懸念を口にした。一方でバン会長は、6万〜7万人を収容するスタジアムで——そのうち半数以上が海外のファンになるだろうと予測しながら——「アリラン」を全員で合唱する瞬間は、歴史的な名場面になりえると主張した。

土曜日に行われた高陽スタジアムでの「ARIRANGワールドツアー」2日目、「Body to Body」は15曲目として披露された。ステージングによって、この楽曲は新たな文脈と説得力を獲得していた。曲が1分50秒を過ぎると、白い衣装をまとったパフォーマーたちがステージを囲むように円を描いた。「アリラン」のパートが始まると、LEDの旗とリボンの演出が——サンモ(상모)を想起させる視覚的効果とともに——秋の収穫祭に伝わる韓国の民俗舞踊「カンガンスルレ」を連想させた。

その光景は、バン会長がかつて描いたビジョンをより説得力あるものにしていた。

彼が予言したような、観客全体を巻き込んだ合唱にはまだ至っていない。アルバムのリリースから1ヶ月も経っておらず、ソウル公演には海外からの参加者が多かったため、その瞬間はまだ完全には形になっていない。それでも、サビに続く歌声がぽつぽつと会場に広がっていくなかで、いつかスタジアム全体に「アリラン」が響き渡る日が、ありありと想像できた。

タイトルを超えた、伝統の宿り

BTSが5枚目のフルアルバムのタイトルを「ARIRANG」と発表したとき、音楽にどれほど深く韓国の伝統的要素が織り込まれるのか、期待は大きく膨らんだ。

しかし実際にリリースされてみると、「Body to Body」と「No. 29」を除けば、その繋がりはそれほど明確には感じられず、なぜこのタイトルなのかという疑問を呼んだ側面もあった。

ところが、ステージの上では、景色が一変した。

高陽公演で展開された「ARIRANGワールドツアー」は、グループのパフォーマンスに韓国の美意識と感性を意識的に埋め込もうとする、より確かな意志を示していた。BTSはこのアルバムについて、自分たちのルーツとアイデンティティを問い直す「原点回帰」を体現したものだと語っており、それをステージでは韓国的な情緒を通して表現すると述べていた。

その意図は、ステージのデザインにも貫かれていた。360度ステージの中央には、景福宮の王室宴会場・慶会楼(キョンフェル)にインスパイアされたパビリオンが設えられ、現代のコンサート空間のなかで共同の宴を再現した。床面には太極旗の太極(テグク)紋様が取り込まれ、延長ステージは旗の乾坤坎離(ゴンゴンガムリ)の卦を模したデザインとなっていた。

伝統的なモチーフはパフォーマンス全体を通して息づいていた。「they don't know 'bout us」ではダンサーたちが韓国の仮面からインスパイアされたイメージをデジタルビジュアルで再解釈し、「Merry Go Round」では大きな布の小道具が、僧侶による韓国舞踊「僧舞(スンム)」の動きをなぞるように揺れた。

新たな章、全力で試される

韓国公演では1公演あたり22曲が披露され、そのうち13曲が新アルバムからの楽曲だった。「No. 29」を除くすべての収録曲がセットリストに並んだ。

グループはこの高陽公演を、長年の変化によって形成された「現在のBTS」を提示する機会と位置づけた。Big Hit Musicはこのツアーについて、「BTS 2.0」の始まりを告げる転換点であり、活動休止前の物語とは直接続かない、新たな旅路の出発点だと説明している。

その変化は、プロダクション自体にも表れていた。

コンサート形式での360度ステージは、2019年のファンイベント「Magic Shop」以来初めての試みであり、コンサート体験そのものを塗り替えるものだった。

「360度のコンサートはしばらくやっていなかった」とジンはステージの序盤に語った。「あらゆる方向からARMYに囲まれているのは、本当に最高です」

ジミンも同じ思いを打ち明け、アルバムのリリースから4年、フルスケールのコンサートツアーから6年半のブランクを経て、今回のリリースとツアーではあらゆる面で実験を試みたと明かした。

高陽公演は日曜日に幕を閉じた。BTSは次に4月17〜18日に東京ドームで公演を行い、その後も北米、欧州、南米、アジアにまたがる34都市、計85公演のツアーを続ける。

 

 

RollingStone ARIRANGインタビュー


自分が読みたくてAIにかけたものを載せます。こちらRollingStone JAPANで訳がでるそうですので、あくまで参考に。

動画はこちら

BTS、頂点への帰還:「限界まで、もっと先まで」

世界最大のバンドが帰ってきた。自問と疑念を経て、原点に根ざした冒険的な新作とともに。

文:ブライアン・ハイアット 写真:パク・ベ 2026年4月13日

RMが実存的な危機に陥るとき——それはかなり頻繁にある——彼はライナー・マリア・リルケの言葉*1に立ち返るか、あるいはタイラー・ザ・クリエイターの歌詞に思いを巡らせるかもしれない。BTSのリーダーは、詩心を持つもうひとりのRM(=ライナー・マリア)を愛してやまず、1905年の詩「汝の渇望の果てへと赴け("Go to the Limits of Your Longing")」のよく引用される一節を何度も反芻する。「すべてを受け入れよ/美しさも恐怖も/ただ進み続けよ/いかなる感情も、最後ではない(Let everything happen to you: beauty and terror. / Just keep going. No feeling is final.)」——つまり、ただ泳ぎ続けろ、ということだ。

義務的な兵役中、冷たい兵舎のベッドに横たわり、丸刈り頭で、18ヶ月間ひたすら眠れない夜と格闘しながら、RMはドン・トリバー、プレイボーイ・カーティ、ディジョンのデビュー作、Jojiのバラード「Past Won't Leave My Bed」を聴き続けた*2。歌詞から自分自身のアイデアが湧きすぎて頭が騒がしくなると、クラシックやアンビエント音楽に切り替えた。

だが彼が本当に心の拠り所にしたのは、タイラーの「Darling, I」とそのサビの一節「Forever is too long(永遠は長すぎる)」*3だった。タイラーとティーゾ・タッチダウンは一途な関係を全力で避けることを歌っていたのだが、RMはそこから自分なりの、より深い意味を引き出した。「あの頃、軍隊が長すぎると感じていたんだと思います。その一節をずっと口ずさんでいました。歌うことで、癒されていたんです」

軍での日々は精神的に過酷で、彼は自分の中に「洞窟」のような暗闇があると言う。しかし、いかなる感情も最後ではなく、永遠でもなかった。日差しのない2月の土曜日、ソウルで——彼は6人のバンドメンバーとともに戻ってきた。

彼らがいるのは、HYBEの高層ビル内にある倉庫のようなスタジオ空間。HYBEとは、かつて大部分においてBTS自身の唯一無二の成功によって築かれた、いまや世界規模に成長した音楽コングロマリットだ。まるでポップ音楽界のデス・スター——金属質の光沢を放ち、ロビーには訪問者を並々ならぬ鋭さで迎え撃つ警備員が配置され、上階では社員がクリップボードにNDA書類を挟んで差し出してくる。バスルームでさえSFじみた厳重さで、入退室に IDカードが必要な電動スライドドアで守られている(なぜか退室にもカードが必要だ)。

もっとも、BTSがビルにいるのであれば、誰だってそうするだろう。グループの業績に関するほんのわずかな変化がHYBEの株価を動かすが、それどころの話ではない。このグループが自国の都市と国家にとってどれほど重要な存在かは、いくら強調しても足りない。

2020年には兵役に関する規則がBTSを念頭に変更されたが(それでも7人全員が結局入隊した)、ソウルに飛行機で降り立てば、数分以内に国内コーヒーブランドの広告塔として高速道路の看板に映るVのタンクトップ姿を目にするだろう。大勢の人々が集まるこの街での無料コンサートでは、BTSが「王の道」を歩いてステージへと向かう——500年にわたり君主たちが歩んだ道を。

『ARIRANG』のリリース5週間前、RMはまたしてもお気に入りの詩の世界に生きている。『ARIRANG』とは、約6年ぶりにBTSが発表する全曲新録のアルバムだ(バンドメイトのジミンは2023年のMVで、異なるリルケの詩の一節を胸に書き記した。BTSとはそういうバンドだ)。

「極度のストレスと極度の喜びが同時にある」とRMは言う。「それがいつも行ったり来たりしていて、毎晩繰り返されている」。黒のレザージャケットの下に黒のTシャツ、ごつめのブーツ、BTSのメンバーでなければ着こなせないようなオーバーサイズのパラシュートパンツ姿で。毛先だけフロストがかかった髪は、丁寧に整えた無造作風。目は敏感で、おかしみを帯び、常に何かを探っている。RMはもともと学者の道を歩むつもりだった。さまざまな別の人生で、すでにオフのときにかけているごつめのメガネをかけたまま、非常に人気のある若い教授になっていた姿は容易に想像できる。

RMはいつも自問し続けている。近年、グループについての問いのリストは長くなる一方だった。自分たちはどんなサウンドであるべきか。何を体現すべきか。活動を続けるべきか。『ARIRANG』がそれらの問いすべてに答えを出したと言えれば簡単だが、彼は強迫的なまでに正直な人間だ。

「まだ本当に混乱しています」と彼は言う。「それが、軍に行った後に分かったことです」。すっきりとした共通認識が生まれるかもしれないと思っていたが、「それはあまり正確ではありませんでした」。だから全体像は「まだぼんやりしている」とも言う。それでも「14曲は、『2026年のBTSとは何か』と疑問に思う人たちへの答えになれると思います」。

それでも彼の不安は消えない。「『大丈夫、準備万端、もう決まってる、最高、早く出したい』って振る舞いたい気持ちは本当にあります。でも、それ以上に正直でいたいんです」

2020年から2021年にかけての英語シングル3部作——「Dynamite」「Butter」「Permission to Dance」——によって、BTSは世界征服という長い道のりを完成させた。韓国だけでなく、アジア全体でどのグループも成し遂げたことのない規模で。

しかしRMの一部は、その過程で世界に征服されてしまったのではないかと自問していたようだ。彼らはもともと自分たちで楽曲を書くことに深く関わり、ほとんどの歌詞を母国語で書き、アグレッシブなヒップホップ曲から出発したはずだった。それが、滑らかなディスコポップへと変わっていた。

「自分たちがどんなグループなのか分からなくなっていた」と彼は2022年に認めた。それはグループが数年にわたる活動休止——兵役とソロ活動で埋められることになる——を発表する直前のことだ。「今、どんなストーリーを語ればいいか分からない」

同年、ファレル・ウィリアムスとのRolling Stone誌上での対談で、RMはさらに踏み込んだ。「若い頃は、ただの小さなラッパー兼リリシストでした。10年間、チームとして本当に激しかった。少し立ち止まらなきゃいけない。一度シャットダウンして、そこから離れて、何が起きているか見てみないといけない……時々、本当に怖くなります。もし音楽が好きじゃなくなったら、どうしよう?」ファレルは、それは一時的なものだと告げ、はからずもリルケの言葉を反響するような別れ際のアドバイスを残した。「ただ進み続けろ」と。

そしてずっと後になって、正直に話しすぎたと謝罪することになるライブ配信の中で、RMはほのめかし続けてきたことをついに明かした。「解散するか、グループを一時停止するかを、数万回考えた」

グループの感情的な支柱であるJ-Hope——体系的なトレーニングを受けたジミンに次いで、最もダンスができるフィアースなラッパー——も、同じ疑念の渦中にあった。「これだけの愛情と注目を受けることが、本当に良いことなのか?」とJ-Hopeは当時の気持ちを振り返る。

「みんなが拍手して応援してくれる中で、全部オフにしてしまえばいいんじゃないかとって。自分がこれを望んでいるのかも疑問でした。自分の中にあったのは小さな炎だったのに、それが山火事のように広がってしまっていた。プレッシャーを強く感じていました」

2022年、彼はBTSメンバーとして初のフルアルバム『Jack in the Box』をソロでリリースした。そのタイトルが、まさに問いを直接突きつけていた。「火を消すべきか、もっと燃え上がるべきか?」

J-Hopeは後者を選んだが、本当に選択の余地があったのかは分からないとも言う。「ただ止めたいからといって止められるものじゃない、と気づきました。私は周りの人たちに感情的に大きく影響される性格なので、自分の決断が多くの人に与える感情的な影響を扱えるか、考えなければならない。最終的に、炎を燃やし続けることが本当にやりたいことであり、最も自分らしい選択だと感じました」

ラップラインの3人目、知的で謎めいたカリスマを持つSUGAにとって、そもそも「問い」など存在していたのかどうかすら定かではない。

「みんなの個々の考えや望みをすべて把握する術はありません。でも全員ソロをやったのは、あの時期はグループで活動できなかったから。だから軍に入る前から、また絶対に集まると分かっていました。海外の視点からすると驚かれるもしれないけど、僕たちにとって一緒にいることは当たり前のことでした。だから誰もそこに異論はなかった。『ああ、もちろんやるよ』って感じで」

「もし挑戦するのをやめたら、チームとしてこれを続ける理由がなくなる」

RMは少なくとも『ARIRANG』の制作方針を決めていた。そのアルバムは芸術的にも商業的にも大成功を収め、初週に米国だけで64万1千枚を売り上げ、115カ国でApple Musicのチャートを制した。

「メンバーにずっと言い続けてきたんです。『もし挑戦するのをやめたら、チームとしてこれを続ける理由がなくなると思う』って。世界に、僕たちがまだ進んでいる、まだ探求していると示さなければいけない。時々すごく複雑ですけど。それでも、もっともっと限界まで押し進めなきゃいけないし、それでもまだ足りない」彼は自分の言葉の熱さに、自嘲気味に微笑んだ。

2022年10月、BTSの7人全員が揃いの紫のパーカーを着て手を取り合い、海沿いの街・釜山の夜空に花火が舞う中、深くお辞儀をした。舞台を後にするとき、Vは先ほどパフォーマンスした曲の歌詞から引用した言葉を英語と韓国語の両方で書いた透明なボードを高く掲げた。「ベストの瞬間はまだ来ていない」。

彼らは明るく振る舞おうとしながら、ファンに手を振った。ジミンはステージ前方に立ち止まり、目を潤ませていた。BTSが公の場で一緒にパフォーマンスするのは、それから4年間なかった。

ジンは最年長の33歳で、皮肉屋だが魅力的で、豊かで透明なテノールと存在感あるステージパフォーマンスを持つ。グループ内での自分の立ち位置について、まったく根拠のないインポスター症候群*4を抱えているかのように見えることもある——「他のメンバーより顔がいい」ことが自分の唯一の強みだと冗談を言う。

彼が最初に入隊し、その直前にColdplayとのコラボ曲「The Astronaut」をリリースした。助教官として服務中、部下の隊員たちに自腹で食事を買い与え、隊員たちは彼を心から慕い、除隊式では泣いた。ジン本人も泣いた。除隊後はパリ五輪で聖火を運び、Netflixのバラエティ番組に主演して話題を呼び、長年のColdplayファンとして愛してきたロックサウンドを引き継ぐ2枚の優れたEPをリリースした。

しかしその間ずっと、グループに戻ることを思い続けていた。「他のメンバーがとにかく恋しかった」と彼は言う。「グループでなければ続ける理由がないと、ずっと思ってきました。ソロキャリアは、自分にとってそこまで重要じゃないんです。もし何かするとしたら、ファンが飽きてきたときにグループの中で何か新しいことを試みる、という形かな。演技とかそういうことには興味がないですし」

2023年、SUGAはアルターエゴのAgust D名義(名前はSUGAを逆読みし、地元クルーの頭文字D-Townを加えたもの)で、2本のミックステープに続く初の公式アルバムをリリースした。「Amygdala」では両親の病気やその他のトラウマと向き合いながらも、過去から解放された自分を宣言している。「絶え間ない試練は僕を殺せなかった いま一度僕は蓮の花を咲かせる」*5 。

約2012年のバイク事故(かつてステージで腕が上がらなくなったこともある)の影響から、彼の兵役は一般社会での勤務となり、社会福祉士として21ヶ月を過ごした。「あの最後のアルバムで、体の中のネガティブな感情は全部なくなった」と彼は言う。2022年に打ち明けていた「歌詞が尽きてしまうかもしれない」という恐れも、今は乗り越えた。「そこにあまりストレスを感じないように意識してきた。言いたいことはいつも見つかるし、またなくなる。永遠のサイクルですよ」

入隊前の2022年7月、J-HopeはLollapaloozaのヘッドライナーを務め、主要な米国フェスティバルでヘッドライナーを飾った初の韓国人アーティストとなった。

「自分が自由に表現できない型の中に閉じ込められているような感じがしていた」と彼は言う。「その型を破って、本当の自分として、共有したかったすべての音楽と一緒に世界に飛び出したかった。でも今は、自分の音楽をもっと作り、自分に挑戦した今、もう箱の中にいるとは言えない。今、箱の外に出た自分が何を作れるか考えています」。と同時に、グループの力を改めて実感した。「みんなと戻ってきて、表現やパフォーマンスの中で感じる隙間を、他のメンバーたちが埋めてくれる。多くの意味で、だから7人だったんだと気づきました」

ジョングクは生まれながらのポップスターとして輝くことに一切の時間を無駄にしなかった。もっとも、BTSの最年少メンバー(28歳)は驚くほど謙虚な佇まいを保ったままでいる。

「正直まだ、自分がポップスターだとは思えないんです」と彼は言う。「でも、そう聞かれることや、ファンがそう思ってくれることがとてもありがたくて。だから、いつか自分自身でもスターだと感じられるよう、もっと頑張りたい。いつかは!」ラットーとのコラボ曲「Seven」は、かなり衝撃的なほど露骨な表現(「週7日、ずっと抱きしめる」)を含み、Spotifyの2023年年間ストリーム数4位を記録した。

「恥ずかしいとは思いませんでした」とジョングクは歌詞について言う。「『だから何?』って感じで」。ただしRMは、幹部が不安がる中でそのラインを通すために間に入ったと明かした。「レーベルに言ったんです。『変えないでください!なぜダメなんですか?彼はもう立派な大人です。Fワードを歌える』って」。その後、軍では厨房で働き、週末も含め大きな鍋をかき混ぜ続けた——まさに週7日、隊員たちに食事を届けた。「本当に感じたのは、パフォーマンスがしたいということでした」とジョングクは言う。「歌いたい。『ああ、早く出たい!踊りたい!』それだけを考えていました」

ジミンは、ベルベットのような声とほとんど猫科の動物を思わせる妖艶な魅力を持ち、歌の名手と力強い存在感が揃ったグループの中でも際立つ。彼は自身のソロの成功に自分でも驚いた。シングル「Like Crazy」は「Seven」より数ヶ月早くナンバーワンを獲得し、ジミンはHot 100で首位を獲得した初の韓国人ソロアーティストとなった。「まったく予想していませんでした」とジミンは言う。「でもその過程で、まだまだ道が長いと学びました」。

ジョングクと同時期に入隊し、初期には一緒に走り込みをしたこともある(チャートでの猛ダッシュとは違い、そのレースではジョングクが勝った)。2021年のインタビューで彼はグループの外での自分を想像できないと言っていた。「考えは変わっていません。もし変わったとすれば、BTSの一員として活躍することが最優先であることは変わらないけれど、個人としてもより良い歌手でありたいという気持ちが加わったくらい。メンバーたちが皆本当に素晴らしいので、チームメンバーとしての自分の価値を高めて、埋もれないようにしたいと感じます」

バンドの燻るバリトンで、正真正銘のオールドソウルにして時折俳優業もこなすVは、ソロ・ポップの競争には参加せず、セクシャルでジャズ的なR&Bを収めたEP『Layover』を選んだ。「もし『Layover』が出ていなければ」と彼は言う。「アーティストとしてのVは、ダンスと歌だけのイメージのままで止まっていて、内側にある様々な豊かな色を伝えられなかったと思います」。いつかポップアルバムも作るかもしれないとも言う。「それも大好きな音楽のスタイルだし、追求してきた。いつになるかは分からないけど、いつかは絶対やりたいジャンルです」

軍では、音楽キャリアをなるべく忘れて、リセットの時間として使おうとした。「たくさん体を鍛えました」とVは言う。「たくさん本を読んで、音楽をたくさん聴いた。体と心を作り直す機会になりました」。ベンチプレスは100キロ程度まで鍛えたが、アスリートだらけの部隊では「赤ちゃんレベル」と言われた。それでもBTSメンバーの中では最強だと思っていると言う。読んだのはノーベル賞作家の韓江(ハン・ガン)や、日本のミステリー作家・東野圭吾。物語に深く没入し、自分がキャラクターの一人になった気分で読んだ。「あの頃、本当に深く空想の世界にいました。助けになったかどうか?分かりません!」

最初はみんな黒ずくめで、金のチェーンを首にかけ、ジョングクでさえラップをしていた。BTSのデビューシングル「No More Dream」が世に出たのは2013年のこと。ドクター・ドレーとスヌープ・ドッグの「Deep Cover」を思わせるベースラインに乗せた、今見ても微笑ましいエネルギーに満ちた曲とMVには、ハイエナジーで少々大げさなくらいアグレッシブな、ヒップホップ主体のBTSの姿があった。しかし同年の「Coffee」や「Outro: Luv in Skool」といった曲には、すでにアプローチを広げようとする萌芽が見え、徐々にボーカル陣が前に出てきた。英語の大ヒット曲が3連発となる頃には、ライトなBTSリスナーにはヒップホップ寄りの出発点があったことすら分からなかったかもしれない。

今回BTSが目指したのは、より成熟した形でその原点を取り戻すことだった。「2013年に僕たち全員が集まって始まったんです」とRMは言う。今回のアルバムは「新しいスタートだけど、無意識に原点に戻ってきた感じ。あの頃のすごくアガった、世界に何かを見せたいというエネルギーに」

英語シングル路線に全く問題を感じていなかったジンでさえ——ヒット曲はヒット曲だと思っていたので——今は違う見方をしている。「正直、他のメンバーとは意見が違っていました。音楽には結果が伴うものだから、最も愛された曲が僕たちのアイデンティティだと信じていた。でも全員がそう思っていたわけじゃなかったので、たくさん話し合った結果、昔作っていた音楽の中にアイデンティティがあるという意見に納得しました」

BigHit Music/HYBEのベテランスタッフプロデューサー、Pdoggは「No More Dream」以前からBTSと仕事をしてきた(「No More Dream」の共同制作者でもある)。「トレーニー時代から今日に至るまで、彼らの圧倒的な芸術的成長の旅を共にしてきました」と彼は言う。『ARIRANG』にも深く携わり、「ヒップホップのセンシビリティをアルバムに持ち込むことは、全員が非常に意識的でした。アルバムはさまざまなジャンルにまたがっていますが、ヒップホップのルーツは手放さなかったと思います」

2025年7月、メンバーたちは——ソロツアー中のジンを除いて——LAの一軒家に一緒に移り住んだ。2ヶ月間スタジオに通い、プロデューサーやソングライターが配置された4つの別々の制作ルームを行き来しながら、1日7〜8時間作業した。Pdoggによれば、チームはディプロを軸に据え、他の西洋のプロデューサーや共同ライターを紹介してもらう形を取った。HYBEの子会社BigHitのA&Rチームを率いるジア・リムにとって、このセッションは「従来のワークフローを打ち破りながら、グローバルでフレッシュな感覚とBTSのコアなアイデンティティを融合させることに徹底的にフォーカスした」ものだった。

コラボレーターの一人であるヒップホッププロデューサーのマイク・ウィル・メイド・イット*6は、通常のビジネスアワーに制作するというスタイルに慣れるのに時間がかかったという。「アメリカとは全然違いますよ」と彼は言う。「こっちは夜通し作業することもある。でも理解できます、その方が効率的だから!」

BTSが模倣者ではなく直接彼のもとに来たことを評価する。「BTSがちゃんとしたソースにやってきてくれたことに敬意を表したい。流暢に同じ言語を話すわけじゃないけど、一緒に曲を作っているとき、同じ言語を話しているみたいだった……彼らが目指していた違いが好きでした。彼らが選んだビートは、僕がこれまで手がけてきたどのプロダクションとも似ていない。完全に型外れで、オリジナルです」

今回はPdoggが作詞から始まりマスタリングまで、BTSのアルバム制作のすべての段階に初めて関わった。その違いは肌で感じた。「各メンバーの個性がより際立ってきた。今回は今まで以上に強いアンビションを感じました」。7つの声を一つにブレンドしようとするのではなく、ソロ活動を通じて各ボーカリストが培ったものを活かす方向に舵を切った。「それぞれの声の持つ独特のキャラクターを引き出すことに集中しました」

グループの一員は、ソロ活動がグループのダイナミクスを変えてしまうかもしれないと思っていた。「7人全員ソロ活動を経てエゴが強くなっているから、再集結したらみんなもっと強い意見を持ち込んでくるだろうと思っていた」とVは言う。「でも驚いたことに、全員がものすごくオープンマインドで来てくれて、人間としての深みを増していました。このアルバムの制作でメンバーからたくさんのことを学びました」

「また一緒に戻ってこられたことが、本当に奇跡みたいです」

リードシングル「Swim」は、メンバーがLAに集まるより数週間前のプリセッションで、最も荒削りな形として生まれた。「最初に聴いた瞬間から特別だと感じました」とPdoggは言う。

「彼らができる一番クールなことは、少し抑制されたものだと、ずっと思っていました」と語るのは、「Swim」の鍵を握る新進のイギリス人ソングライター、ジェームズ・エシエン。「『Dynamite』のような曲をもう一度作ろうとするのは、あまりにも予測通りすぎる」。彼はHYBEの会長バン・シヒョクが別の曲に難色を示した後、ソングライター兼マルチ奏者のタイラー・スプライとともに即興でバッキングトラックを作り始めたときのことを振り返る。「バンが入ってきた時、顔は完全に無表情。それで次のアイデアを始めて、色々試していたら……メロディが自然と出てきた。空中から降ってきたような感じ」。

バンドも最終的にはより抑制された曲を選ぶことへの迷いがあったが、エシエンはRMがこう言ったことを覚えている。「これの方がセクシー。今の僕たちに必要なものはこれ。僕たちはもっとセクシーになった。軍のバッジをもらった身だし」

ロサリアやCharli XCXへの参加でも知られるスペインの気鋭プロデューサー、エル・ギンチョは、バンドとの最初の10分間で2つのビートを披露した。バンドはその両方を選び、組み合わせた。それが1962年のフランス映画から取ったダイスカットされた弦楽器と、打撃的なナイフの打ち合わせの音をレイヤーした、際立った楽曲「Hooligan」だ。

「彼らは安全策ではなく、最も極端なアイデアに引き寄せられていった」と彼は言う。「『一番クレイジーなやつを聴かせてくれ』って感じで」。ラップのルーツに戻ったジョングクが「Hooligan」のコンセプトを発案した。「トラックを聴いた瞬間に、フローが浮かびました。曲が採用されるか分からなかったけど、選ばれたときは最高でした」

エル・ギンチョが「Hooligan」を仕上げていく中で、メンバーたちはすでにダンスの動きを試していた。彼はその様子を見ながらドラムパターンを調整していった。

「特定のキックが体にどう響くか、特定のベースライン、特定のスネアが体にどう伝わるかを見ています。それが、これまで一緒に仕事してきた他のどのアーティストとも違う点です」。あるとき、エシエンはスタジオの脇部屋に迷い込み、まだ未完成の曲に対してすでにホワイトボードを使って振り付けの構成を組んでいるチームを目にした。「これは本当によく訓練された組織だ、と思いました」

プロデューサーたちにとって、SUGAは謎の存在だった。部屋に入ってきて、聴いて、何も言わずに出ていき、数日後に戻ってくる。時にはギターを手に取り、トラックに合わせてかき鳴らすこともあった。「曲を本当に感じようとして、理解しようとしているのが見えました」とエル・ギンチョは言う。

J-Hopeは、日常の明るいキャラクターから凄まじいラップに切り替わる瞬間でその場を驚かせた——あるコラボレーターはそれをDMX*7に例えた。ジミンは30分間沈黙したままプロデューサーの話を聞き、そのフィードバックをすべて取り込んだ完璧なテイクを突然繰り出した。

一方ジョングクは、完璧な英語に聞こえる歌声を難なく実現する驚異的な能力で誰もを圧倒した。「耳がいいんだと思います」とジョングクは言う。「でも結局、母国語じゃない言語ですから。ネイティブスピーカーが聴いて違和感を覚えたり、嫌だと思われたりしたくない。だから本当に努力してきました」

Vはソングライターとして存在感を示した。特にアルバムのラストを飾る幻想的な「Into the Sun」では、ライブバンドのジャムセッションから生まれた。「うまく流れていない時期がありました」とPdoggは言う。「気持ちを切り替えて、ただ楽しもうということになって。VがマイクをつかみP、私がMoogベース、タイラー・ジョンソン(プロデューサー/ライター)がブース内でドラム、ニティ(プロデューサー/ライター)がギターを弾いていました」。

SUGAはみんなで過ごした家のテラスで、この曲のラップパートを書いた。「このアルバム以前は、外で曲を作るなんて想像したこともなかった」とSUGAは言う。「ノートとペンさえあれば十分なんですよね」

ジンのソロツアーが終わり、彼がスタジオに到着すると、すでに100曲以上が書き上げられていた。「軍にいる間、ファンが退屈しないよう心を癒し続けていましたから」と彼は言う。「その間に、全部の曲が作られていたわけです」。

悔しくないのか。「ちょっと悔しいけどね。でも人生は今だけじゃなく、未来もある。それに、もし自分の曲を加えようと欲張ってセッション全体を引っ張っていたら、このインタビューも数ヶ月後になっていた。その間、ファンは退屈すぎませんか?」

アルバムを『ARIRANG』と名付けたのは、バン・シヒョクとHYBEのアイデアだった。古来から伝わる、深く哀愁を帯び、ほとんど神聖視される韓国の民謡にちなんだ名前だ。

バンドはそのコンセプトをほぼ即座に受け入れた。しかしNetflixのドキュメンタリーで描かれていたように、「Body to Body」に実際の曲のサンプルを使用するアイデアは数週間にわたる議論を呼んだ。

それ以外の点では、「意図的に『韓国らしさ』を前面に出そうとしたわけではない」とPdoggは言う。ただ、韓国語の歌詞を再び優先することをバンド側が強く主張した。「Please」は英語で録音されたが、BTSはほぼ全面的に韓国語で書き直すよう求めた。リムは、A&Rチームが「音楽そのものが言語の壁を越えてリスナーに届く」という確信を持っていたと言う。

アルバムはまったく違う曲の組み合わせになっていた可能性もある。「対立もたくさんありました」とRMは言う。「どれを入れて、どれを入れないか」。J-Hopeは「Like This」というアウトテイクが今も好きだし、エシエンは全員が愛していたという「Five Minutes」という曲を思い出す。「あの曲たちはどうなるんだろう」とジミンは言う。「あの録った曲たちは」

SUGAには答えがある。それぞれの将来のソロ活動に使われる運命にある。「自分たちで使うか、メンバーで回すか、そういう感じになるんじゃないですか。外には渡さないで」

BTSは一緒に歴史を作り、別々に活動し、さらに歴史を作り、そして再集結した。来年の3月までワールドツアーが続く——ジンが当初の計画より約8ヶ月延長するよう主張したのだ。

「最初にツアーの計画を受け取ったとき、公演数がそんなに多くなかった。3〜4ヶ月で終わる予定でした。それで言ったんです。『戻ってきた以上、あちこちで会いに行くって約束してきた人たちがたくさんいる。この計画だと約束を破ることになる』って」

だがその後、バンドには何が残っているのか?SUGAはシンプルに、違うトーンを刻みたいと思っている。「楽しまなきゃ」と彼は言う。「以前は競争しすぎていた。目標を達成するのに必死で、心身の健康をあまり大事にしていなかった。でも今は少しゆっくりできる。みんな年を取ったし。もっと楽しめると思います」

「そもそも再集結できたこと自体が奇跡みたいで」とJ-Hopeは言う。「グループとして今も音楽を作り続けている。それを考えると、目標なんて大して重要じゃなくなります」

2月のリハーサル中、ジミンはメンバー全員にツアーが終わったらすぐにスタジオに戻って次のアルバムを録音しようと提案した。だがそれがSUGAに別のアイデアをもたらした。

「時間が過ぎるのはとても速いし、トレンドの変化も速い。シングルをしばらくリリースし続ける形を試すべきかもしれないとも思っています。今回のアルバムだって、プリレコーディングとして完成したのは昨年9月のこと。それからこれだけの時間がかかってリリースになった。だから制作しているとき、3月や4月にどんなトレンドが来るか、どんなジャンルが人気になるか、全然わからなかった。良い音楽を作ろうとしても難しい。そういう理由がいくつも重なって……シングルを出すか、ミニアルバムか、そのくらいの規模にするかもしれません」

バンドのメンバーはバッド・バニーのスーパーボウル全スペイン語でのパフォーマンスに注目していて、その路線を辿るアイデアに興味を持っている。「招かれなきゃできないけど」とジミンは言い、ジンはすでに自分たちのショーがどんな感じになるか想像してしまっていると認める。

RMはより慎重だ。「時が経って、人々の意識が変われば、かもしれません。世界中の人が『パラサイト』を観て、韓国文化の素晴らしさをいろいろ知っている。だからチャンスがあれば、いつかは絶対やりたい」

グループのリーダーは、BTSが熱烈なアンチをも引き寄せていることをよく理解していて、マイク・ウィル・メイドプロデュースの「2.0」の中でそこに直接向き合っている。

「本当に家で祈り続けてる人たちがいるんです」とRMは言う。「『BTSよ、どうか転んでくれ。バラバラになってくれ』って。だから僕たちは考えてる。『OK、みなさん、2〜3年間僕たちは離れていた……3年が経って、待っていてくれるARMYがいて、世界が待っていてくれる。もう楽しみましたよね、って』」

それでもコメントを読むのか。「絶対に読まない!」とSUGA。「たまには」とRMが認めると、残りのメンバーが笑い声を上げた。

「2.0」の強気な姿勢はライバルたちへのものでもあるように見えるが、この段階で具体的に誰が対象なのか。テイラー・スウィフト、ブルーノ・マーズ、ハリー・スタイルズといった世界的なポップアイコンの名前を挙げてみると、RMは顔をしかめた。

「彼らは僕たちより偉大なアーティストです。僕たちはただの小さな存在で、韓国出身のボーイバンドに過ぎない」と彼はやさしく言った。この日、彼が口にした言葉の中で、唯一しっくりこない言葉だった。

 

*1:ライナー・マリア・リルケ — ドイツ語圏の詩人(1875-1926)。引用は1905年の詩「汝の渇望の果てへと赴け」より。

*2:ドン・トリバー — アメリカのR&Bシンガー。プレイボーイ・カーティ — アメリカのラッパー。ディジョン — アメリカのシンガーソングライター。joji — 日系オーストラリア人シンガー

*3:タイラー・ザ・クリエイターとティーゾ・タッチダウンによる楽曲(2023年)。サビの「Forever is too long」は、一人の相手と永遠を共にすることへの抵抗——つまり恋愛的なコミットメントの拒否——を歌ったもの。

*4:自分の成功や能力を「本物ではない」と感じてしまう心理で、「自分はここにいるべきではない、実はたいしたことない」という感覚

*5:끊임없던 시련은 날 죽이지 못했고 다시금 나는 연꽃을 피워내

*6:マイク・ウィル・メイドイット — ケンドリック・ラマー、リアーナらを手がけるアメリカのヒップホッププロデューサー

*7:DMX — 1990〜2000年代を代表するアメリカのラッパー。激しいフロウと野性的なエネルギーで知られる(2021年没)

ARIRANGコンサートNMEレビュー パフォーマンスの根底には「つながり」

イギリスの音楽メディア・NMEが、4月11日の高陽スタジアム公演(2日目)のレビューを掲載。ARIRANGツアーの演出——ステージ構造、伝統芸能の取り入れ方、セットリストの構成——を丁寧に描写しながら、「つながり」と「アイデンティティ」をショー全体を貫くテーマとして読み解いています。AI訳後に調整。

BTSの高陽公演:圧巻のスタジアムショーを貫くつながりとアイデンティティ

https://www.nme.com/reviews/live/bts-live-in-goyang-seoul-world-tour-arirang-setlist-3939727

 

高陽スタジアム、4月11日:約7年ぶりとなるワールドツアーの開幕公演で、ボーイバンドは伝統的な韓国文化の要素をハイテクでモダンなプロダクションへと織り込んだ

Rhian Daly
2026年4月12日

★★★★⯪

「久しぶりだな」とJinは、ステージの端に腰かけてほほ笑んだ。

BTSのメンバーたちが両脇に並ぶなか、彼が指しているのはワールドツアーのブランクではない——「Love Yourself: Speak Yourself」ツアーの終幕からは約7年、韓国・米国での「Permission To Dance On Stage」公演からも約4年が経つが——そうではなく、彼がステージ上の"恒例"を最後にやってのけてから過ぎた時間のことだ。独特の大げさな仕草でファンにキスを投げるあの儀式である。

Jinのそのジェスチャーは、かつてのBTSツアーの名残としては数少ないもののひとつだ。今夜(4月11日)、ソウルの衛星都市・高陽での3公演のうち2日目に、彼らはステージ上で新たな章へと踏み出した。

K-POPショーとして期待されるものから脱却する——それは、新アルバム『ARIRANG』がそのシーンの枠を超えた試みと呼応している。

ファンサービスは最小限に抑えられ、各セクションをまるでドラマティックな予告編のように彩るリッチなVCRもほとんど登場しない。かつてのBTSのライブではミュージックビデオが開演前のスクリーンを彩っていたが、今回はずっと穏やかなイントロダクションが用意された——360度ステージの上方に広がる巨大なパネルに、書芸(ソイェ)と呼ばれる伝統的な韓国の書道絵画がループし、伝統的な手漉き紙・韓紙を思わせる背景に重なる。そこに流れるのは、国楽——韓国の伝統音楽だ。

こうした変化はツアーの雰囲気を変えるが、観客の熱量を冷ますことはない。グループがステージに登場する前から、会場の各所はじわじわと活気づいていく——そしてスタジアムのトンネルから赤い発炎筒を手にした黒ずくめの一人が現れた瞬間、その興奮は頂点に達し、ショーの開幕を告げる。中央のステージへと続く花道を駆け上がるにつれ、歓声はほとんど聴覚を圧倒するほどに膨らんでいく。

やがてその一人は大勢となり、構造物の頂上から花火が打ち上がり、その混沌のなかにBTSが姿を現す——ファンたちのエネルギーに応えるべく。「Hooligan」が猛烈な基準値を叩き出す。ビートに刻まれた刃が空気を切るような効果音に合わせ、火柱が夜空へと炸裂する。その高みは「Aliens」の反骨心と「Run BTS」の疾走感に引き継がれる。後者は自律への叫びだ——「どうせ生きるなら、若く死んでやる」。

これは「ARIRANG」ツアー、ゆえにセットリストの大半は同アルバムから引かれ、過去の楽曲がそこに点在する(とりわけ「FYA」/「Burning Up(Fire)」のメドレーは、過去と現在が交差する素晴らしい瞬間だ)。アルバムが韓国のルーツから引き出すのと同じように、今夜のプロダクションもまた然り——ステージングと振り付けにディテールを織り込み、アイデンティティに満ちたショーを作り上げている。

ステージそのものは、ハイテクで超モダンでありながら、その形は亭子(ジョンジャ)*1式の東屋をモチーフにしており、景福宮の慶会楼からインスピレーションを得ている。

圧倒的な「They Don't Know 'Bout Us」では、ダンサーたちが탈(タル)*2——韓国の伝統的な仮面——が映し出されたスクリーンを掲げながらステージに散開する。柔らかなサイケ・ポップ「Merry Go Round」には、白い布を用いた승무(スンム)*3の再現が添えられる——静謐でリズミカルな伝統舞踊だ。眺めていて美しい光景ではあるが、円形ステージの片側から見るとやや物足りなさを感じる場面もある。

「Body To Body」はそもそも音源の時点でも圧倒的な存在感を放つが、ここではさらに増幅される。

民謡「アリラン」をフィーチャーしたブレイクダウンでは、BTSがステージ中央の円に集まり、空へと持ち上げられていく。その足元ではダンサーたちが、サンモ(상모)*4の帽子飾りを回す伝統芸能にインスパイアされたLEDの旗やリボンをたなびかせ、フロアを埋め尽くす。

その結果は圧巻——音と踊りの祝祭が、「IDOL」へとシームレスに雪崩れ込み、フロア席とスタンドの間に設けられたトラックを練り歩くプロセッションへとなだれ出ていく。

このパフォーマンスの根底にあるのは「つながり」だ——BTSが自らのアイデンティティと向き合うつながりだけでなく、目の前の観客とのつながり。

「IDOL」がそれを身体的に表現するとすれば、それはショー全体を通じて存在している。スマートフォンをしまって今この瞬間に集中してほしいとグループがARMYに語りかける場面においても、ステージデザインそのものにおいても——観客を届かぬ遠い場所に置くのではなく、ショーの中心に据える構造だ。

花道による入退場も、単なる通り道ではなく芸術的な演出として機能し、より近い距離感を生み出す。2本目のVCRには、連理の枝(ヨンリジ)*5——愛とつながりの象徴とされる、波打つ糸から芽吹く絡み合った木々——が映し出される。

BTSのライブの常として、ラストセクションは磨き上げられた演出よりも自由でのびやかな空気が漂う。今夜その頂点となるのが、新設された「BTSカラオケ」コーナーだ。毎夜変わる2曲を観客のリクエストで届けるこのセグメントで、今夜は「Take Two」のライブ初披露と、弾けるような「DNA」が贈られた。メンバーたちが振り付けを再現しようとするが、サプライズ曲ゆえ当然準備はなく、愉快で輝かしい混乱が花開く。

その数分後、彼らは円形ステージの縁に一列に腰かけ、今夜起きたことと、ARMYとの再会について語り始める。

ストレスが癒された、という言葉。誠実さ、という言葉。深々とお辞儀で感謝を示すメンバーもいれば、真摯な言葉で気持ちを伝えるメンバーもいる。通して伝わってくるのは、兵役という強制的な休止期間を経てもなお、彼らがBTSというグループへのコミットメントを少しも損なっていないということだ。

RMは「長く続けていくための」決断について語る。その言葉があるからこそ、花火を盛大に打ち上げながら締めくくられる最終曲「Into The Sun」は、美しいほどに希望に満ちて響く——ショーはここで幕を下ろすが、BTSが日の光を浴びる時間はまだ終わっていない。

【セットリスト】
‘Hooligan’
‘Aliens’
‘Run BTS’
‘They Don’t Know ‘Bout Us’
‘Like Animals’
‘Fake Love’
‘Swim’
‘Merry Go Round’
‘2.0’
‘Normal’
‘Not Today’
‘Mic Drop’
‘FYA’
‘Fire’
‘Body To Body’
‘Idol’
‘Come Over’
‘Butter’
‘Dynamite’
‘Take Two’
‘DNA’
‘Please’
‘Into The Sun’

*1:亭子(정자/ジョンジャ) 韓国の伝統的な東屋・あずまや建築。自然の景観のなかに設けられる開放的な木造建築で、柱と屋根のみで壁を持たないものが多い。정자 (건축) - 위키백과, 우리 모두의 백과사전

*2:탈(タル) 韓国の伝統的な仮面。木・紙・瓢箪などで作られ、탈춤(タルチュム=仮面舞踊)に用いられる。人間・動物・神などさまざまなキャラクターを表し、両班(ヤンバン)などへの風刺や庶民の感情表現の手段として発展した。한국의 탈 - 위키백과, 우리 모두의 백과사전

*3:승무(スンム) 韓国の伝統舞踊のひとつ。白い僧衣をまとい、長い袖を翻しながら太鼓の音に合わせて踊る。静と動の対比が美しく、国家無形文化財に指定されている。승무 - 위키백과, 우리 모두의 백과사전

*4:상모(サンモ) 農楽(プンムル)の演奏者がかぶる帽子。頂点に長いリボンや紙の紐が付いており、頭を回すことでそれを大きく弧を描かせる「상모돌리기(サンモドルリギ)」が見せ場となる。상모 - 위키백과, 우리 모두의 백과사전

*5:連理枝(연리지/ヨンリジ) 異なる木の枝や幹が途中で結合し、ひとつになった状態の木。古来より深い愛情や縁の象徴とされ、夫婦・恋人・親子など切り離せない絆を表す言葉として詩歌や文学に用いられてきた。「比翼連理」の故事として日本でもおなじみ。

Come Over 歌詞 日本語訳 

Come Over 

텅 빈 듯한 밤이 오면 
이렇게 또 너를 불러
Yeah I'm lost, can I come over 
Yeah I'm lost, can I come over

空っぽみたいな夜が来ると、こうしてまた君を呼んでしまう
そう迷ってる、会いに行っていいだろうか
そう迷ってる、会いに行っていいだろうか

 

I just wanna say I'm sorry
이런 내가 너무 싫어
Yeah I'm lost, can i come over 
Yeah I'm lost, can I come over

ただ、ごめんって言いたいだけ
こんな自分がすごく嫌で
そう迷ってる、会いに行っていいだろうか
そう迷ってる、会いに行っていいだろうか

 

Baby, don't do me like that
벌써 시간이 많이 지났네 
우리 멀어진 그날 뒤에 
각자 이야긴 묻어 둘까
미안 좀 늦었지 
그동안 별일 없이 잘 지냈지 
다시 시작하는 우리 두 번 다신 헤어지지 마

Baby, そんな風にしないでくれよ
もうずいぶん時間が経ったんだな
僕たちがすれ違ったあの日から
お互いの話は、胸の中にしまっておこうか
ごめん、少し遅すぎたよな
その間、変わらず過ごせてたかい
また始める僕たちは
もう二度と別れないでいよう

 

텅 빈 듯한 밤이 오면 
이렇게 또 너를 불러
Yeah I'm lost, can I come over 
Yeah I'm lost, can I come over

空っぽみたいな夜が来ると、こうしてまた君を呼んでしまう
そう迷ってる、会いに行っていいだろうか
そう迷ってる、会いに行っていいだろうか

 

I just wanna say I'm sorry
이런 내가 너무 싫어
Yeah I'm lost, can I come over 
Yeah I'm lost, can I come over

ただ、ごめんって言いたいだけ
こんな自分がすごく嫌で
そう迷ってる、会いに行っていいだろうか
そう迷ってる、会いに行っていいだろうか

 

You'll never love me like the way you did before 
But would you open up if I knocked on your door

君はもう以前みたいには愛してくれないよね
でも、ドアを叩いたら開けてくれるかい

 

Knock knock
Knockin' on your door My blood on the floor
Just checkin' on your door
(What the hell am I doin' this for?)
You act like
Done with past life Then you pass like Dust in a flashlight
Smoke in black night
We so dead, right?
But I hate metaphors

トン、トン 君のドアを叩いている
血が床に滲む
ただドアの前に立っているだけ
(俺はいったい何をやってるんだ)
君は、まるで
もう過去を清算したみたいに振る舞って
そして通り過ぎていく、まるで
懐中電灯に浮かぶ埃みたいに
黒い夜の煙みたいに
俺たちは完全に終わってる、そうだろ
でも比喩なんか大嫌いだ

 

텅 빈 듯한 밤이 오면 
이렇게 또 너를 불러
Yeah I'm lost, can i come over 
Yeah I'm lost, can I come over

空っぽみたいな夜が来ると、こうしてまた君を呼んでしまう
そう迷ってる、会いに行っていいだろうか
そう迷ってる、会いに行っていいだろうか

 

I just wanna say I'm sorry
이런 내가 너무 싫어
Yeah I'm lost, can i come over 
Yeah I'm lost, can I come over

ただ、ごめんって言いたいだけ
こんな自分がすごく嫌で
そう迷ってる、会いに行っていいだろうか
そう迷ってる、会いに行っていいだろうか

 

You'll never love me like the way you did before 
But would you open up if I knocked on your door
君はもう以前みたいには愛してくれないよね
でも、ドアを叩いたら開けてくれるかい

 

Knock knock
네 심장을 두드려 보란 듯이 right now 
앞뒤가 없는 삶 그저 벼랑 끝 그 앞, 앞 
아프고 또 울고 상관없어 can I, I?
너라면 다 개의치는 않아 my savior
날카로워 또 베여도 그것도 나의 page
I'm past the pain 매일 나와 싸운 이유인지 
그래 답을 찾은 rover, 난 노 저어
Can I come over, o-over
'Cause it's not over

トン、トン 君のドアを叩いている
君の心臓をたたいてみろとでもいうように、いま
前後のない人生、ただ崖っぷちのその先、先
痛くてまた泣いてもいいんだ それでも僕が? 
君のためなら何でも構わない、僕の救い主よ
鋭くてまた傷ついても、それも僕の一ページ
痛みは越えた 毎日自分と戦ってきた理由なのか
そう、答えを見つけた旅人、僕は漕ぎ続ける
会いに行っていいかな
まだ終わってはいないから

【ARIRANG 歌詞の日本語訳一覧】

Body to Body
Hooligan
Aliens 
FYA 
2.0
SWIM
Merry go round 
NORMAL
Like Animals
they don't know about us 
One More Night 
Please
Into the Sun

Come Over